あるぺじお


 俺は歌うことが好きだ。
 フォークギターを手に人気のない夜の公園で歌うとまるでそこが自分のステージのようで、心が踊る。
 今日も公園のベンチに腰を落ち着けケースからギターを取り出し好きな歌を園内へ響かせる。

 昔からの友人は、『お前の歌声って渋いよな、ねっとりしてるけど』なんて言う。
 ねっとりしてるってなんだ、と問い詰めたことがあるけれどどうやら悪い意味ではないらしい。
 個性的だ、と言いたかったようだ。

 小刻みに震える弦を手のひらで押さえては、歌い終えた余韻に浸りつつベンチ脇に置いていたペットボトルのお茶を喉へ流し込む。
 すると突然、後頭部を叩かれ驚きのあまり含んでいたお茶を吹き出してしまった。
 運よくギターに吹き出してしまわなかったのは勢いがよかったからか。


「きったね」


 聞き慣れた声がそんな失礼なことを言うもんだから、振り向きざまに腹へ拳を入れてやった。
 聞こえてきた呻き声を耳にしながら顔を持ち上げてみると、焦げ茶色に染められた髪を揺らしながら男は苦しげに顔をゆがめていた。
 そう、この男がねっとりしてるとか言っていた友人だ。


「音道(おとみち)……腹はねぇだろ」

「よし、なら顔にするか」

「尚更ねぇわ!」


 冗談を口にしながら拳を振り上げる真似をすると、目の前の男、相楽(あいらく)は慌てたように両手で自身の顔を隠した。
 その反応に思わず笑ってしまいながらお茶を脇に、抱えていたギターをケースへ戻そうとすると短い声が聞こえたためもう一度振り向いてみる。
 と、彼は最新の携帯を手にカメラ部分を俺へと向けていた。


「……またやんの?」

「俺は音道をデビューさせるのが夢だからな」


 どうやらこの男は俺の歌っている姿を撮り、動画サイトへアップしているらしい。
 面倒事にさえならなければそのことに関してなにかを言うつもりはないが、ネット上で顔出しして大丈夫なものなのか。
 なんて、それももう今さらか。


「別にデビューしなくても歌さえ歌えればそれで幸せだけどな」

「出た、音楽バカ」

「殴るからもう一回言ってみろ」

「断る」


 即答する男の靴を踏みつけてやってから再びギターを構える。
 そしてそこから奏でられる音楽を誰かが聞いてくれているんだろうか。
 それでなにかを感じてもらえていたら、どんな感情であろうと照れくさいかもしれない。

 回り込んできたカメラを見てはそんなことを考えた。




  (終)