愛しさ憎しみ


 俺には恋人がいる。
 チャラく、いつも笑みを浮かべて、なにを考えているのか全くわからない。
 しかも、男だ。


「よーりーとーくん」


 気持ちのいい風が吹く屋上でブラックコーヒーを飲んでいると、見慣れた顔が現れ俺の名前を呼んだ。
 相変わらずなにを考えてるのかわからない笑みを浮かべてやがる。


「頼人くん」

「ん」

「俺の好きな人がね、さっき教室でキスしてたんだ」


 感情のこもっていない言葉が淡々と放たれる。

 コイツ、赤桐(あかぎり)には好きな奴がいる。
 俺たちのクラスの担任、そして赤桐の兄だ。
 なぜ好きなのか、理由は聞いていないからわからないし興味もない。
 ただ興味があるのは、赤桐の兄の恋人についてだ。


「やめろ。俺まで憂鬱になるだろ」


 そんな俺にも好きな人がいる。
 近所の、昔から優しくしてくれたお姉さん。
 今は俺の通っている学校で保健の先生をしている。
 そして赤桐の兄の恋人でもある。


「憂鬱になってよ」


 手にしていたコーヒーの缶が中身をこぼしながら屋上を転がっていく。
 なぜか。
 赤桐が俺の体を地面へと押し付けたからだ。
 勢いよく体を倒されたため、地面にぶつけた背中が痛い。


「おい、ここ屋上」

「もう放課後だし誰も来ないっしょ」

「そういう問題──」

「ちょっと黙ってろよ」


 突然変わった口調。
 今まで見ていなかった赤桐の顔へと視線を移すと、いつも浮かべている笑みは引きつり眉間に皺を寄せ、目を泳がせている。
 苛立ちを抑えることができないんだろう。

 口を閉ざしたまま手を伸ばせば彼の赤い髪に触れてみる。
 そんな俺の手から逃れるよう顔を寄せてきたかと思うと、唇を塞がれた。



 赤桐といつから、どうしてこんな関係になったのか今ではもう覚えていない。
 わかるのは、俺の恋も赤桐の恋も実らないということだけだ。
 このまま俺たちは堕ちていくんだろうか。




  (終)