「学校で主導権を握りたいなら絶対に外すな」
入学式前日、兄にそう言われながら手渡されたものは、白髪のカツラと茶色のカラコンだった。
騙せ!騙し合え!
俺が通っている学校を簡単に説明するならばホモ校だ。
ノンケのやつももちろんいるが、数少ない。
俺はその数少ない中に入っている。
「ぎゃ! 司(つかさ)様が歩いてる!」
「目の保養、目の保養」
「あんな人に抱かれたいよねー」
「うんうん」
俺の名前は司。
喧嘩がちょっとだけ強い平凡男子です。
この学校に入学してから一年は経つ。
一年間のあいだに俺は数え切れないほどに告白され、今では親衛隊というものもできた。
平凡男子のはずの俺がどうしてここまでモテているのか。
それは確実に入学式前日に兄に渡されたカツラとカラコンのおかげだろう。
外見が外見なだけにこの学校の不良に絡まれたこともあったが、ちょっと喧嘩が強いおかげで特に困ることはなかった。
むしろ、この学校の不良のトップになってしまった。
喧嘩をふっかけられるよりもそっちのほうが困ってしまう。
喧嘩が強いだけで実際、殴り合いは好きではない。
殴り合いよりやっぱり人助けのほうが好きだ。
「司様!」
突然、行く手を阻まれたため何事だと見下ろしてみると、可愛い顔をした男子が号泣しながら俺を見上げていた。
「夏樹(なつき)様がっ……夏樹様が知らない男たちに無理やり連れて行かれて!」
ザワリ、と辺りが騒がしくなった。
それもそのはずだ。
生徒会長でもある夏樹を知らないやつはこの学校にはいない。
顔、性格はパーフェクト。
勉強もでき運動もできる。
そんな男を女、そしてネコたちが放っておくはずがない。
まあ、そんな会長の幼なじみである俺はソイツの本当の正体を知っているわけだけれど。
幼なじみだと知っていて、不良のトップだから俺に助けを求めてくるのだろう。
「司様、お願いします! 夏樹様を助けてください!」
「……いいけど」
ネコたちは知らないのだろうか。
あの男がバリタチだということを。
────
「ま、わかってたことだけど」
俺の知っている夏樹は簡単に男に抱かれてしまうほど馬鹿ではない。
むしろ逆に、抱かれてもいないくせに男に抱かれた、などと嘘をつく男だ。
だから今回も嘘だとわかっていた。
「なーにがわかってた、だよ。おせぇんだよ、アホが」
わかるか。
この口の悪すぎるのが俺の幼なじみで、そしてこの学校の会長だ。
みんな表の姿に騙され過ぎだ。
なんて、人を騙している俺が言えた台詞じゃないんだけど。
「男たちに連れて行かれたって聞いたけど?」
「お前まで本気にしてんのか? 嘘に決まってんだろ。お前を呼び出すための演技だよ。え、ん、ぎ」
ですよねー。
「なんだよその顔。なんか言いたいことでもあんのか?」
「……特にないです」
「だよな。……口答えなんかしたらお前の本当の姿、全校生徒にバラすからな」
それだけは勘弁してくれ。
『司様』がただの平凡男子だとバレたらネコたちが黙っているはずがない。
そこらのタチに犯されるか、ただつるし上げにされるか。
どちらにしろ制裁を受けることは目に見えている。
「司、おいで」
先ほどとは打って変わって優しい口調で呼びかけられれば渋々、ソファへ座っている夏樹の隣へと腰を下ろす。
すると彼の腕が俺の腰に絡みつき引き寄せ、もう片方の腕は俺の白髪のカツラを外した。
そこから露になった黒髪は、実は一度も染めたことがない。
「司……つかさ」
まるで甘えるかのように髪に顔を埋め匂いを嗅ぐ仕草に、思わず笑ってしまいそうになれば下唇を噛みしめなんとか堪える。
こいつって本当、『司様』の俺が嫌いだよな。
昔からずっと一緒にいるため、なんとなくわからなくもないけれど。
実際、俺だって『会長』の夏樹は好きにはなれない。
少し口が悪いくらいが夏樹らしい。
「おい」
「え?」
「今、変なこと考えてただろ」
「エロいことなんか考えてねーよ」
そう言葉を放ったあと、なぜだか長い沈黙が訪れた。
どうやら俺は発言ミスをしてしまったらしい。
「司から誘ってくるなんて積極的だな。今日は自室に帰さないからな」
「な、なに言ってんだ! 俺はノンケだって何回言えばわかるんだよ!」
「バラされてもいいのか?」
いやらしい笑みを浮かべながら放たれた言葉に、俺は口を噤むしかなかった。
学校で主導権を握られると思っていたのに、この格好のせいで『会長』に主導権を握られてしまった。
俺が嫌いな嘘で、アイツが嫌いな嘘。
さて、先に学校中に知れ渡るのはどちらの『嘘』だろうか。
(終)
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