君と過ごす今年の冬
雪が積もった。
昨日から大粒の雪が降り続いていたからもしかして、と思っていたら案の定。
「末尋さん! 雪ですよ、雪!」
コートに帽子、そして手袋といった完全装備。
ソファに座りコーヒーを飲んでいた末尋さんへと声をかけると彼は横目で俺を見た。
「……唯、その格好について聞いてもいいか」
「え? いや、末尋さんと──」
「却下」
「ま、まだなにも言ってないじゃないですか」
「言わなくてもわかる。外に行こうって言うんだろ?」
わかるならこの格好について聞かないでくださいよ。
という台詞は飲み込み、未だにソファへ腰を落ち着かせたままの末尋さんの隣へと座れば、その横顔をじっと見つめる。
口も開かずに数十秒、その整った顔を見つめているとさすがに居心地が悪くなったのか、彼は深い溜め息をこぼした。
「……そんな顔するな」
「えっ」
「シワ寄ってる」
苦笑いを浮かべながら俺の顔へと手を伸ばしてきたかと思うと、親指の腹で眉間を撫でられてしまった。
そんな難しい顔をしていただろうか、と素直に撫でられていると末尋さんの顔が徐々に近付いてきていることに気がついた。
どうしたのかと尋ねようとしたときにはすでに遅く、やわらかな唇が俺のに重なった。
啄むだけの、軽い口付けを落とすと末尋さんはゆっくりと腰を持ち上げ、近くにかけられていた上着を羽織り俺を見下ろした。
俺はというと、そんな突然の末尋さんの行動に目を丸くしながら見上げているだけで。
「外、行かないのか?」
そんな優しさを含んだ声色に、我に返った俺は大きく頷いた。
────
「さ、寒い!」
「だから厚着しろって言っただろ。マフラー使うか?」
「いや、それだと末尋さんが寒いじゃないですか」
「お前に風邪引かれるよりはいい」
そう言いながら末尋さんがしていた黒のマフラーを俺の首へと巻きつけようとしてきたため、慌ててその手首を掴み動きを封じてしまう。
そんな俺の行動が予想外だったのか、彼は目を見開き俺を見た。
「俺だって末尋さんには風邪引いて欲しくないです」
「俺はお前と違って体鍛えてるんだ。これくらいで風邪引くわけないだろ」
「……俺だって姫ゲームしてたとき結構走ってましたけど」
「いちいち言い返してくるお姫様だな。ここは素直に甘えておけよ」
力で押し負けてしまえば渋々、マフラーを巻いてもらう。
そんな俺の様子に末尋さんが小さく笑ったかと思うと手を伸ばし、頭を優しく撫でられてしまった。
「……あ!」
撫でてもらったおかげか、いい案が浮かんだ。
「末尋さん! 一緒に巻けば寒くないですよ!」
グッドアイデア、と巻いてもらったマフラーを広げ、末尋さんの首にも巻いてやると慌てたような声が聞こえた。
それでも気にせず隙間なく巻き付け、すぐ横にある末尋さんの顔へ満面の笑顔を向けるとその頬はわずかに赤く染まった。
「バカ、これだと歩きづらいだろ」
そう言いながらも嬉しそうな表情を浮かべているように見えるのは俺の気のせいじゃないと思う。
「大丈夫ですよ。こうやって一緒に歩けば……っ!」
雪に足を取られ、バランスを崩す。
体が前方へ倒れていく様がスローモーションに見えた。
「んぶっ」
真っ白な雪に頭から突っ込んでしまった。
慌てて顔を上げ辺りを見渡すと、隣で同じように頭から雪へと突っ込んでいる末尋さんの姿があった。
「……あ、あの、末尋さん」
恐る恐る声をかけながらその肩へと触れてみると、勢いよく顔を上げてきたため驚き体が跳ねた。
そしてゆっくりと末尋さんがこちらへと無表情の顔を向けたかと思うと、まるで水をかけるように雪を顔面に投げつけられた。
「ちょ、ちょっと! なにするんですか!」
「唯が先に倒れたんだろ?」
「これは不可抗力というか……だからやめてくださいって!」
話しているというのに再び雪を投げられ、慌てて顔についた雪を落としていると突然、体が反転した。
反転させられたことで視界には天気のいい青空と真っ白な雪と、頭や体に雪をつけたままの末尋さんが映った。
やわらかい表情に怒っていないということがわかる。
「……唯といると、毎日飽きないな」
雪に埋もれていたからか、俺の頬を撫でる末尋さんの手が冷たい。
それでもそんな彼の手に擦り寄ると、息の呑む音が聞こえた。
「俺も、末尋さんといると毎日が楽しいです。今日だって俺のわがまま聞いてくれて……末尋さん、大好きです」
するりと漏れた本音に末尋さんが目を大きく見開いたかと思うとすぐに破顔し、強く体を抱き締められてしまった。
ゆっくりと顔を近付けてくる気配を感じ取る。
それを拒否することなく素直に受け入れ、お互いに笑い合う。
「……そろそろ、部屋に戻りますか」
「もういいのか?」
そう尋ねてきた末尋さんの目を見つめながら小さく頷くと、なにかに気付いたのか彼の赤い瞳が熱っぽく染まる。
そのことに顔を熱くしながらゆっくりと立ち上がれば付いていた雪を落とし、自然とお互いに手を繋ぎながら寮へと戻る。
雪で遊びたいという気持ちはまだ残っている。
けれどそれよりも、今は末尋さんの熱を感じたかった。
無意識のうちに足早になる様子に、俺は耳まで熱くしながら俯いた。
(終)
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