凜の襟の裏にGPSが付いているから、土方さんたちが来るのは時間の問題だ。
 だからそれまで凜を怖がらせないように、コジーモが凜に手を出さないよう狙いが俺に向くように挑発をした。
 それなのに、どうしてこんなことになった。


  祈りの時間0秒


 両足と両腕を縛り付けている手錠が大きな音を立てる。
 目の前で行われている行為に、冷静でいなきゃいけないとわかっていても頭に血が上っていく。


「や、めろ! 嫌だ……あ、あっ」


 悲痛に叫び、それでも揺さぶられるたびに凜は泣きそうに顔をゆがませながら艶めかしい声を上げる。

 あの顔は俺だけが知っていたのに。
 あの声だって、俺しか聞いたことがないのに。


「ごめ、なさい。ごめん、なさい! 浅葱さん!」


 いつの間にか涙を頬に伝わらせながら謝罪をする凜に笑ってみせると、彼は目を大きく見開いた。


「凜はなにも悪くないよ。ただ、コジーモ……お前ふざけんなよ」


 自分が思っていたよりも低い声が辺りに響いた。
 そのことに凜に覆いかぶさっていたコジーモが驚いたように体を震わせたことがわかる。


「俺は絶対にお前を許さないよ。凜を汚したことも、俺をキレさせたことも、どうなるかわかっててやったんだよな?」


 そう言葉にした瞬間、辺りが騒がしくなりようやく土方さんたちがここにやってきたことを知る。
 慌てたようにコジーモが凜から離れようとするが、それよりも先にアヤメちゃんが俺たちのいる場所へと姿を現し、目の前のこの光景に動きをとめた。


「……な、にしてんだよテメェェエッ!」


 誰かが制するよりも先にアヤメちゃんの拳がコジーモへと振り下ろされた。
 そんな二人から倒れたままの凜へと視線を移すと、コンクリートの地面を涙で濡らしながら俺を見ていた。
 透き通るような青い瞳はまるで俺の心を見透かすようで、笑いかけてやると顔をゆがめられてしまった。
 その間にやってきた原田さん、斉藤くん、土方さんたちがアヤメちゃんとコジーモを取り押さえ、凜へと駆け寄り、俺の手錠も外してくれた。
 手首に残った赤い痕を一撫でしてから、斉藤くんに体を起こしてもらっている凜へと近付くと、俺の存在に気づいたらしく眉を下げながら腕を伸ばしてきた。


「浅葱、さん」


 顔を涙や鼻水でグシャグシャにしている凜の背中へと腕をまわすと、力強く抱きつかれた。


「……浅葱さん。変なこと、しないでください」


 さすがにずっと一緒にいる凜には気付かれるか。
 いや、もしかしたら勘のいい斉藤くんにも気付かれてるかもしれない。
 まあ、最初から隠すつもりなんてなかったけど。


「大丈夫だよ。凜に近付く虫は、俺が殺す」

「浅葱さんっ!」


 顔をゆがませ、悲痛な声を上げる凜を、複雑な表情を浮かべている斉藤くんへと預けてはアイツを捕らえているであろう原田さんの元へと向かう。
 俺たちが捕まっていた場所から数秒のところに原田さんとアヤメちゃんはいた。
 そんな原田さんに組み敷かれているのは、コジーモだ。
 その三人の元へと歩み寄りながら、足首に隠し持っていた手のひらサイズの小さな拳銃を手にする。


「コジーモ」


 名前を呼ぶと、その場にいた三人が俺を見た。
 次いで、俺が手にしている拳銃へと視線が移る。


「神に祈る時間もやらねえよ」


 銃口がコジーモの額をとらえ、俺はそのまま引き金を引いた。

 その瞬間、背後からずっと聞こえていた俺の名前を叫ぶ声が聞こえなくなった。




  (終)