シロクロ番外編〜BANGAI〜


  ばれんたいん'13


「今日バレンタインだねぇ」


 なんて、赤嶺にそんなことを言われるまですっかり忘れていた。
 だがそのおかげで、綺麗にラッピングされていたプレゼントが下駄箱に入っていた理由がわかった。

 三時間目が終わり休み時間。
 机の横にかけられている鞄から下駄箱に入っていたそれを取り出しラッピングを解いていくと、中身はやはりチョコだった。
 今日がバレンタインだと忘れていたことを告げてからなぜか拗ねていた赤嶺の視線を隣から感じつつ、チョコを一粒、口内へと放り込むとほんのり甘く、それでいてビターな味が広がる。

 久しぶりに食べた甘いものに思わず『うま』と呟きをこぼしてしまうと、じっと視線だけを向けていた赤嶺が口を開く。


「美味しい?」

「お前にはあげないからな」

「ならクロちゃんの唇からー」

「やめろっつってんだろ!」

「……授業を始めてもいいか」


 顔を寄せてくる赤嶺の顔に、いつものように握り拳を入れたあとに教室内に響いた教師の声に俺は一度頷いてみせた。






 授業中ずっと机に顔を突っ伏していた赤嶺をそのままに、昼休み時間になれば食べかけのチョコの入った箱を片手に屋上を目指す。
 階段を上がり外へと通じる扉を開くと頬を撫でる心地よい風に双眸を細め、足を踏み入れ辺りを見渡すが見慣れた姿がない。
 待っていれば来るだろう、とフェンスに背を預けてはその場に座り込む。
 その間に手にしていたチョコの残りを摘んでいき平らげてしまったその瞬間。

 突然の喉の渇きと燃え上がるような身体の熱さに襲われる。


「なん、だこれ」


 ヒュッ、と渇いた音を溢し、一方はシャツのボタンを外しつつもう一方で先ほど平らげてしまったチョコの入っていた箱を手に取ると、なにやら底に文字が書かれている。


『実はそのチョコ、媚薬入り』


 丁寧だが癖のあるこの字は今までに何度も見てきたことがある。
 この癖は小学生の頃から変わっていなくて、教師から注意されているのを何度も見てきた。


「……赤、嶺」


 今、目の前にいたらあの整った顔をもう一度殴ってやるのに。

 未だ甘い香りを漂わせている箱を握り潰したとどうじに扉の開かれる音が辺りに響き渡り、ビクリ、と肩が跳ねてしまった。
 ゆったりとした動作で顔を上げると目に入ったのは両手いっぱいにパンを抱えたシロの姿だ。
 器用に、被っていた白狐のお面を額まで持ち上げやわらかな微笑みを浮かべる彼に理性が吹き飛ぶかと思った。
 それでもなんとか我慢できたのは握り潰した箱の角が手のひらに突き刺さる痛みのおかげだろう。


「遅くなって悪いな。待っただろ」


 心地のよい低い声が耳を、まるで脳内を犯すようで。
 隣に座ったシロとの服の擦れる感覚に反応してしまう。


「そういやさっき弟に会ったけど──」


 シロがなにかを話しているみたいだけどその内容が頭に入ってこない。
 チョコに入っていた媚薬が徐々に効いてきているのだろう。
 息が荒くなって、下半身に熱が溜まっていることがわかる。
 早くここから離れたいけど、立ち上がることもできない。


「黒滝?」


 顔を覗き込んできた彼の心配そうな表情に、そんな考えは吹き飛んだ。
 考えるよりも先に体が動く、というのはきっと今のようなことを指すのだろう。

 シロの着ていた服の胸倉を掴みそのまま引き寄せれば、その薄い唇へと自分のを重ねた。
 驚いたように目を見開いた表情が視界の端に映ったけれど、その後シロがどんな顔をしていたのかはわからない。

 なぜか?

 そこで俺の記憶が途切れたからだ。




────

 俺の腕の中で疲れて眠る黒滝の額に口付けを落としては頬、首筋へと滑らせそこに赤い痕を残す。
 時折、くすぐったそうに身を捩る様子に思わず笑みを溢してしまうと、すぐ近くに握り潰されたなにかが転がっていることに気が付きそれを手に取り広げてみる。
 香った甘い匂いと目に入った文字に、黒滝をこんな風にしたのが誰なのかわかった。


「本当、黒滝を怒らせるのが得意だよな」


 黒滝に怒られたことのない俺としては、その才能はある意味羨ましいと思えるけど。

 手にしていた箱から再び腕の中の黒滝へ視線を戻しては、先ほどまでの彼のことを思い出す。
 媚薬のせいで体を動かすことだってキツイだろうに必死になって俺を求めて、汗と涙で顔をグシャグシャにしながら何度も『好きだ』って言ってくれて。
 あまりにも可愛すぎて媚薬を口にしていない俺のほうが理性を吹き飛ばしてしまうかと思った。

 体力が回復して黒滝が目を覚ましたらここに来るまでに買ったチョコをあげようか。
 媚薬は入ってないからな、なんて言ったらどんな反応するだろうか。


「……その前に一回帰らないとな」


 汗と涙、その他のもので汚れた黒滝をそのまま放置しておくわけにもいかないしな。

 その後、昼の授業に黒滝を戻すこともなく、よく足を運ばせるバーへと連れ帰った。
 そしてもちろん、目を覚ました黒滝へあの台詞とともにチョコを手渡した。


 反応?

 誰が教えるかよ。




  (終)