白黒病〜YAMI〜


  手の痕は残らない


 バーへ足を踏み入れ、カウンターの向こう側にいるマスターに頭を下げてからいつものチームが集まる奥のとびらへ向かう。


『今日は十時にバーで集合』


 そんなメールがシロから送られてきたため、俺は十分前にバーへとやってきた。
 目の前のとびらを開くと、ドアノブを掴んだままの体勢で俺は動きをとめてしまった。

 金色の髪を揺らし、眉間にシワを寄せながら手にしている携帯を睨んでいる金久保がソファに座っていた。
 周りを見渡すが金久保以外の姿はない。

 これはまずい。

 そう考え踵を返そうとしたその瞬間、いつの間にかこちらに向かって伸びていた手が俺の手首を掴み強く引っ張られる。
 慌てて足に力を込め踏ん張ろうとするが力で敵うはずもなく、金久保が座っていたソファへと引きずり込まれる。
 その衝撃で閉じてしまったまぶたを慌てて持ち上げ、その場から逃げようとするがすでに遅かった。
 金久保が俺に覆いかぶさりながら口角を持ち上げている。


「なに帰ろうとしてるんだよ」

「……あんたと二人になりたくないからに決まってるだろ」


 二人きりになると金久保はいつも殴り、俺を苦しめる。
 それのどこに快感を覚えるのか、俺にはわからない。
 わかりたくもないが。

 覆いかぶさったままの金久保を引き剥がそうと、片足を持ち上げ彼の腹を蹴り上げようとする。
 だが蹴り上げるよりも先に持ち上げた足首を掴まれ、蹴り上げることができなくなってしまう。
 大きな舌打ちをこぼし、掴まれた足を動かそうとしたその瞬間、金久保のもう片方の手が俺の首を押さえつけた。
 指先に力が込められると息苦しく、顔に熱がたまっていくことがわかる。


「かね、くぼ」


 空いている両手で、首を締め付けている金久保の腕に爪を立ててみるが血がにじむだけで離れることはない。
 生理的に目尻にたまる涙を拭うこともせず金久保の顔を見上げると、この男は笑っていた。
 性的欲求を感じているのか熱に浮かされた顔をしている。


「変、態がっ……」


 息も絶え絶え、視界はかすんでいく。
 爪を立てていた両腕はソファの上に。
 笑みを浮かべたままの金久保の顔が近づいてくるのを最後に、俺は意識を手放した。


  ────


 次に目を覚ましたのはチームの全員がバーに集まってからだった。
 どうやら睡眠不足で眠っていた、ということになっていたらしい。
 首に手の痕が残らなかったのは幸運だ。

 自分自身の首に触れながら、一人用のソファに腰を下ろしシロと会話をしている金久保へ視線を移すと、俺の視線に気がついたのか金久保がこちらを見た。
 そしてシロに気づかれないよう、グラスを口に寄せながら彼は口角を持ち上げた。
 その瞬間、首に痛みが走ったのはきっと気のせいなんかじゃない。




  (終)