心地よい温もり
「カナエ。俺、前から不思議に思ってたんだ」
「ん? なにが?」
ミーティングルーム、俺とカナエは同じソファに腰を下ろしていた。
どうやら入院中のアラタからメールがきたらしく返事をせっせと返している。
そんな彼の様子をぼんやりと眺めていた俺は不思議に思っていたことを口にする。
「カナエって機械音痴なんだよな?」
「うん、そうだよ。ヒカル君のパソコンも壊しちゃったしね……」
メールを返し終えたのか、顔を伏せながらそう呟いた彼の表情は髪によって隠されているせいでわからない。
「ヒカルのパソコンはどうでもいいとして」
「どうでもいいって……」
「ちょっと携帯貸してもらっていいか?」
今この話にヒカルは関係ない、という意味で言ったのだが、どうやら彼は違う意味でとらえてしまったらしく困った表情を浮かべてきた。
が、そんなことを気にせずに言葉を続けながら手を差し出す。
「え、俺の携帯?」
「別に情報とか見るつもりないしさ。ただ開くだけ。あ、俺じゃなくてカナエが開いてくれてもいいし」
いきなり携帯を貸せ、と言われたら俺でも驚く。
そう思い慌てて言葉を付け加えたのだが、なんだか言い訳臭くなってしまい思わず肩を落としてしまう。
するとそんな俺を見てなにを思ったのか、カナエは小さく笑ってきた。
「タマキ君がそんなことするはずないってわかってるから大丈夫だよ。はい、携帯」
「あ……サンキュ」
俺の手に握らされた携帯は、今まで彼が握り締めていたからかほんのりと温もりが残っていた。
……これじゃあ変態みたいだ。
顔が熱くなったことに気がつけば、慌てて何度が頬を叩く。
「タマキ君? あまり叩いたら赤くなっちゃうよ」
頬を叩くことをやめさせるように、彼の手が俺の手首を掴み頬から引き離す。
が、引き離したというのに俺の手首から手を離してくれない。
「また叩いたら駄目だからね」
「……勝手にしてくれ」
「うん」
照れ臭く、思わずそっけなく返してしまった言葉に彼はふわりと微笑み、手首ではなく手の平を握り締めてきた。
気にするな、気にするな。
そう自分に言い聞かせながらカナエの携帯を開くと、どうやらちゃんと操作をすることができるらしい。
まあ、先ほどまでこの携帯でアラタにメールを返していたのだから当たり前なのだが。
「……機械音痴なのに携帯は壊れないんだな」
「え?」
「だって変だろ? パソコンなんて触っただけで壊れるのに携帯は触っても壊れない。うん、変だ」
一人で頷き、変だ、と呟く俺にカナエは困ったように笑ったまま目を細めてくる。
「……最初の頃はよく壊してたよ」
「やっぱり?」
「うん。でも携帯をまた買うのも面倒でさ。頑張って壊さないように覚えたんだ」
「大変だったんだな。でも、その調子でパソコンも覚えたらヒカルのパソコンが壊れることなかったんじゃないか?」
「……うん。それについては悪かったと思ってるよ」
再びヒカルの話題を振られては彼は俯き、また表情を隠す。
そんな相変わらずな彼の反応に小さく喉で笑えば、目の前の彼は驚いたように顔を上げ俺を見つめてくる。
「ごめんごめん。ちょっとからかいすぎた。パソコンは隊長に買ってもらったから大丈夫だろ」
未だに小さく笑いながら携帯を手にしているほうの手で置かれているパソコンを指差せば、カナエの表情が微かに緩んだことに気がついた。
「ほら、携帯」
「あ、もういいの?」
「携帯が壊れない理由がわかったからもういい」
「そっか」
差し出した携帯を受け取るとどうじに、俺の手を握り締めていた手も離れる。
そのことに思わず『あ』と短く声をもらせば、彼の目は再び俺の顔をとらえる。
「……手、握っててほしい。誰かがくるまで」
「……うん。いいよ」
いつものやわらかい微笑みを浮かべながら俺の手を握り締めた彼の手は温かく、とても心地がよかった。
その心地に誘われ目を閉じた俺が次に目を覚ましたのは、みんなが集まってからだった。
そこでやっと、なぜか未だに繋がれていた手が離れた。
カナエが言うには『眠ってるのに手を離して起こすのが可哀相だから』だそうだ。
みんなの視線を浴びながら目を覚ました俺は、恥で顔を熱くした。
(終)