これは俺のです。
今度、隊長と飲む約束をすればいつもの笑顔を浮かべながら俺に一度だけ手を振り、ヒカルと一緒に出ていく。
その後ろ姿を見送ればカゲミツは大きなため息をもらし、次にあくびをしたかと思えば『じゃあな』なんて言いながら俺の頭を手を載せ、部屋からいなくなる。
多分眠りに行ったのだろう。
「ナオユキ君、僕たちも帰ろ〜」
「そうだね。ユウト、先に帰ってるよ」
「あ、待って。すぐ行く」
俺の膝に座っていたアラタがぴょんっと下りたかと思えば、ナオユキの腰に抱き着きそう言う。
と、ナオユキは一度頷き、刀の手入れをしていたユウトにそう声をかけ、アラタと一緒に部屋を出ていく。
ユウトはそんな二人を慌てて追いかけていった。
一気に人が少なくなり、俺とカナエだけが残された。
「なんでアラタ、ナオユキと出て行ったんだ?」
「ナオユキの家に泊まるとか言ってたよ。なんか眠れないからって順番に回っていってるみたい」
「そっか。……ってことはカナエの家にも?」
「俺のところはまだだね。忘れられてるのか声もまだかけてもらってないよ」
そう言いながら目を細め、笑った彼に釣られるように笑えば彼が頬を擦っていることに気がつく。
先ほどからずっと擦っていたのか、彼の頬は赤く染まっている。
「カナエ?」
「ん? なに?」
「ほっぺ、赤いぞ。なにかあったのか?」
「ああ……ちょっとね」
頬から手を離し、俺から視線を外した彼を不思議そうに見つめていれば、視線を外したまま彼が口を開いてくる。
「今度隊長と飲むとき、俺もそばにいていい?」
「別にいいけど……本当にほっぺ赤いぞ?」
未だにこちらを見ない彼の赤い頬に触れると、ビクっと彼の体が小さく震えたことに気がつく。
「わ、悪い。痛かったか?」
「……タマキ君」
「カナ――……んっ」
いきなり彼がこちらに視線を戻したかと思えば、いつの間にか焦点が定まらないほどに彼の顔が近くにあった。
冷静に状況を把握するよりも先に彼の唇によって口を塞がれた。
勢いはあったものの、深いキスをするわけでもなくそのまま唇を離し、額同士を合わせる。
「……俺のは、ただ虫に喰われただけだから気にしないで」
「今、冬なのに?」
「……うん。虫」
「わかった。カナエがそこまで言うなら虫なんだろうな」
きっと言いたくないことなのだろうと一人で納得し小さく笑っていれば、再び唇を塞がれた。
今度は味わうかのように舌を絡ませ、深く。
「んっ……んう」
「……ん」
ときどき鼻からもれる吐息が熱くて、色っぽくて。
自分の顔が熱くなることがわかる。
しばらく唇を重ねていれば、透明な糸を引きながらカナエが唇を離す。
「は、あ……カナ、エ」
「タマキ君……顔赤いよ」
「う、うるさい! 見るな!」
「タマキ君も虫に喰われた?」
「ちがっ――……いや、そう! そういうことにしてくれっ」
熱くなった顔を両手で隠していると、くすっと小さな笑い声が耳に入った。
一体、誰の笑い声かなんて、この部屋に二人しかいないのだから考えなくてもわかる。
「わ、笑うな!」
「ごめん。タマキ君が可愛くて」
「アラタみたいなこと言うなー!」
まるでずっとサウナにいたかのように熱くなってしまった顔を冷ましに行こうと、立ち上がろうとすればいきなり腕を引っ張られ、俺の体はカナエの腕の中におさまる。
「どこにも行かないで。俺のそばにいて」
「カナエ……」
「タマキ君……好きだよ」
「……俺も」
顔を熱くしたままそう言葉を返し、俺たちは再び唇を重ね合わせた。
それから数日後。
隊長と飲むときにカナエも一緒に連れて行くと、この上なく嫌そうな顔をされた。
カナエはカナエで目を細めながら微笑み、隊長を見つめていた。
そんな二人の様子に俺は一人、首を傾げていた。
(終)