光をくれた人




 ここはどこだ?


 視界が真っ暗でなにも見えない。


「あっ……は、あ」


 口からは熱い吐息がもれる。

 体を強く揺さ振られ、まるで脳までシェイクされたみたいになにも考えることができない。


「い、いやだっ……そこ、や――うああっ!」


 伝わるのは快感だけ。


 俺はいつまでこうしていればいい?


 いつまで暗闇の中をさ迷えばいい?


「カナ、エ」


 愛しい人の名前をぽつりと呟いた瞬間、ぱすっという小さな音が耳に入った。

 かと思えば、中に埋め込まれていた熱が引き抜かれ、俺の目に光が差し込む。

 久しぶりに感じた光はあまりにも眩しくて、目がいかれてしまったんじゃないかと思うほどに真っ白な世界が俺を襲った。


「あ、うあ……ああぁっ」


 光のある世界がこんなにも俺を苦しめるのなら、光なんてなくていい。


 ずっと暗闇の世界で――。


「タマキ君、大丈夫だから。まばたきして」


 聞き覚えのある声に胸を大きく跳ね上げさせれば一度だけ頷き、ゆっくりと何度かまばたきを繰り返す。

 と、目の前にいる人物の輪郭がはっきりとしてくる。


 優しい瞳にココアブラウンの髪。


 ずっと、ずっとずっと愛しいと思っていた人物。


「……カ、ナエ。カナエ! カナエっ!」


 腕を伸ばし、彼の体を力強く抱きしめていれば、ぽつりと呟いた謝罪の声が耳に入った。


「ずっと助けたかった。ずっと、守りたかった。けど、フィッシュはそんな隙すら与えてくれなかった」


「それなら、どうして」


「全てを捨ててもいいと思った。タマキ君が俺にしてくれたように」


「……それってどういう――」


「タマキ君にもいずれわかるよ」


 ふわりとやわらかく微笑み、俺の体を抱きしめ返したとどうじだ。

 廊下から誰かが歩いてくる足音が聞こえてきた。

 カナエは早々その足音に気がついていたらしく、俺の体を抱きしめたまま腰につけていたフックショットを握り締めていた。


「タマキ君、行くよ」


 大きな窓を足で蹴り割り、フックショットを伸ばし外れないことを確認すれば、俺の顔を見つめながらそう声をかけてくれた。

 その言葉に『ああ』と返事を返し、離れないよう彼の体にしがみつけば、俺たちの体が宙に浮くことがわかった。

 瞬間、先ほどまで俺たちがいた部屋に数人の男が押し寄せる。


「カナエ」


「うん。あの部屋にカメラが仕掛けてあるからすぐバレたんだと思う。フィッシュたちに話が伝わる前にできるだけ遠くに行くよ」


 地面に着地をすれば使ったフックショットをそのままに、俺の体を抱えたまま音を立てずに滑るように走り出す。


「カナエ。ありがとう、な」


「……お礼を言われるようなことはしてないよ。むしろ俺は責められるべきだ。裏切り者として」


 俺の顔を見ないよう、俯きながら放たれた言葉に胸が大きく跳ね上がる。



 思い出した。



 カナエは裏切り者で。


 仲間は全員殺されて。


 俺は今まで犯され続けていた。


 殺された仲間のためにもカナエを殺さなければならない。

 償ってもらわなければならない。



「……そんなこと、できるわけないだろ」


「タマキ君?」


「俺はきっとお前のことは許せない。けど、ヘタレで優しかったカナエのことまで嫌いになれない」


 彼の体にしがみついていた腕に力を込めながら言葉を放つと、俯いていた彼は顔を上げ俺と目を合わせてくる。

 茶色い綺麗な瞳は揺れており、まばたきをしたら涙が零れてしまいそうだった。


「……ありがとう」


 小さいながらも聞こえてきたその言葉にふっと笑ってみせれば、彼も小さく笑い返してくれた。

 綺麗な涙を頬に伝わらせながら。




 いつか俺はカナエのことを許すことができるようになるだろうか。


 それはわからない。


 けれどもう仲間は――、カナエだけは失いたくないと思った。


 例えこの両腕がなくなろうと、俺に光を与えてくれたカナエだけは守り続けると誓った。




  (終)