きみは悪くない




 しくじった。


 まさかスナイパーが隠れているとは思わなかった。


 狙撃された左肩を押さえながらナオユキたちのいるほうへ向かおうと走り出せば、先ほど自分が立っていた場所になにかが撃たれた。


 まだ俺を狙ってるのか。


「カナエ、スナイパーがいる。多分西ビルのほうに隠れてる」


『わかった』


 そう返事が返ってきた直後、乾いたような音が一発、静かな空間を通して俺の耳にまで入ってきた。

 そのことに安堵の息をもらし、思わずその場に崩れ落ちてしまう。


『タマキ君、大丈夫?』


「ああ……ちょっと、肩やられたけど」


『えっ』


 まさか撃たれていたとは思っていなかったらしく、カナエの驚いた声が俺の耳にまで入ってきた。

 その声に小さく自嘲気味に笑えば、開いていた目を閉じて大きく息を吐き出す。

 と、カゲミツの慌てたような声が耳に入ったため、カナエの近くにカゲミツがいたことがわかる。


『タマキ、カナエがそっちに向かった! 手当てをしてもらえ!』


「ああ……サンキュ」


 向かった、というよりもきっと勝手に飛び出してきたのだろう。

 その証拠に俺に話しかける前に小さな舌打ちが耳に入った。


 カナエらしいというかなんというか。


「本当に給料、半分に減らされても知らないぞ?」


「……いいんだよ。それでタマキ君を守れるなら」


 なんて恥ずかしい台詞だろうと、俯きながら小さく笑っていれば不思議そうに俺の名前を呼ぶカナエの声が耳に入ったため顔を持ち上げ、一度だけ軽い謝罪の言葉を口にする。


「カナエ、いつもサンキュ」


 次にお礼の言葉を口にすれば、カナエはいつも通りふわりとやわらかい微笑みを浮かべてくれた。

その微笑みに釣られて笑おうとするが、肩に走った痛みに思わず顔をゆがめればカナエは慌てたように俺に近寄り肩に触れてくる。

 触れられるだけでもピリッとした軽い痛みが走れば、眉を寄せたまま深く息を吐き出す。


「……弾は貫通してるみたいだね」


 なんて言っているカナエの表情は目を細めながら眉を下げ、今にも泣きそうだった。


「なんでカナエがそんな顔するんだよ」


「だって、俺がスナイパーに気付いていればタマキ君は打たれずに済んだ」


 泣きそうな表情を浮かべたまま淡々と言葉を放ち、彼が着ていた服の袖を破り俺の傷口を縛ってくる彼があまりにも優し過ぎて。

 俺のせいだという彼に逆に苛ついた。


「お前のせいなんかじゃない」


「……ごめんね」


 謝罪の言葉まで口にした彼に思わず顔が熱くなれば、それ以上はなにも言わせないとカナエの胸倉を掴み引き寄せれば彼の唇を自分ので塞いでやる。

 瞬間、彼のものであろう息を呑む音が俺の耳にまで入ってきた。


「……カナエは、悪くない。自分ばかり責めるな」


「タマキ、くん」


「お前は……悪くないんだ」


 胸倉を掴んでいた手を彼の背中にまわせば、そのまま抱きついてやる。

 彼の匂いが、温もりが伝わってきてなぜだか泣きそうになった。


『タマキ……タマキ、無事か?』


 俺の名前を呼びながら安否を確認するカゲミツの声が耳に入れば慌てたようにカナエから体を離し、カゲミツへ返事を返す。

 そんな俺の様子を、カナエは小さく笑いながら見つめてきていた。

 カゲミツに返事を返し終えた俺は再び腕を伸ばし、みんなが来るまで彼の体を抱きしめていた。




  (終)