優しさ拒否




 どうにもあいつだけは苦手だ。


 できることなら近寄りたくはない。




――――

 自分にしか聞こえないほど小さな溜め息をもらしながらバーに足を踏み入れれば、見慣れた後ろ姿が視界に入り思わずもう一度、溜め息をもらしながらその後ろ姿へ近寄る。


「タマキ君」


 彼の隣に腰を下ろしながら名前を呼んでやると、顔を赤くしている彼がこちらを見た。


「カナエか……お前も飲め」


「え」


 ここに座っている時点でまさかとは思っていたが、酒を飲んでいるのだろうか。

 微かに眉を下げながら苦笑いに近い笑みを浮かべ、彼の手に握られているグラスを奪い取ってやる。


「タマキ君。未成年がお酒なんか飲んじゃ駄目だよ」


 なんて、放った俺の言葉に目の前の彼は目を大きく見開き俺を見つめてきた。

 かと思えばすぐに耳まで真っ赤にしながら椅子から立ち上がり俺を睨む。


「ふざけんな! 未成年なわけないだろ! 子供扱いすんな!」


「え、嘘」


 こんなにも子供っぽい顔付きをしているというのに未成年ではないと言うのか。

 もし未成年ではなかったとしても、この反応は子供っぽい。

 さすがにそれを口にしたら更に顔を真っ赤にすることが目に見えているため言わないが。


「本当だ。嘘ついたって意味ないだろ」


 機嫌悪そうに眉を寄せながら再び椅子に腰を下ろした彼の拗ねたような表情に思わず内心、舌打ちをする。


 そんな顔をしないで欲しい。


 母親に似ているせいで思わず気が緩んでしまいそうになる。


「それもそうだね。ごめんね、タマキ君」


「……俺、そんなに子供っぽいか?」


 謝罪の言葉を口にした後にぽつりと彼が呟いた言葉にどう返事を返そうかと、なにを考えているのかわからないよう苦笑いを浮かべて見せる。

 が、そんな表情でさえ返事だと受けとめたのか、小さく息を吐き出しながらグラスに残っていた酒を喉へ流し込む。


 どう返事を返すべきだ?


 どう返せば機嫌を直してくれる?


 こんなことを考えているのは別にタマキ君のためなんかじゃない。

 ただこの部隊では優しいカナエを演じなくてはならない。

 だからこそ俺はこう言葉を放つ。


「ちょっと童顔だからそう見えるだけで、タマキ君はみんなをまとめられて指示もできる。十分、俺なんかよりも大人だよ」


 そう言ってやれば、酒のせいなのか顔をほんのりと赤く染めている彼が薄く笑みを浮かべたことに気がつけば安堵する。


「……え」


 安心してしまった自分に驚き、誰にも聞こえないほど小さな声で思わず呟いてしまう。


 タマキ君の笑顔を見て、どうして俺は安心した?


 意味が、わからない。


(……きっとこの部隊にふさわしいカナエを演じることができたからだ)


 苦しい言い訳だが、それ以上そのことについて考えることが嫌だった。


「俺、そろそろ帰るね。飲んでるところ邪魔しちゃってごめんね」


「……カナエ」


 椅子から立ち上がり、出て行こうと扉に向かって歩き出せば背中から声が聞こえてきたためドアノブに触れながら後ろを振り向く。


「……サンキューな。ただのお世辞だったとしても嬉しかった」


 素直に放たれたお礼の言葉に微かに目を見開くも、すぐに目を細めてやわらかく笑って見せながら外へ出る。

 肌寒い風が俺を襲い、両腕で自分の体を抱きしめるようにしながら夜空を見上げ、小さく息を吐き捨てる。


 やっぱりあいつだけは苦手だ。

 笑った顔も拗ねた顔も、母親を思い出してしまう。

 もしかして、とは考えたくはない。

 考えてしまったらこの部隊を潰すことが嫌になってしまうから。


 タマキ君から、離れることができなくなってしまうから。



 だからどうか、俺に優しくしないで。




  (終)