ちょこれーと




 甘い、チョコレートの香りが部屋に充満している。

 その部屋の中心には、猫の模様が描かれているエプロンを身につけているタマキがいる。

 そしてその周りにはいつものメンバー、カナエにカゲミツ、アラタにキヨタカが立っている。

 四人の痛い視線にうっすらと苦笑いを浮かべながら、彼はフライパンの中のホットケーキの生地をひっくり返す。

 綺麗な焼き色にアラタが『お〜』なんて声を上げた。


「タマキちゃんってお菓子も作れるんだね。すごいなあ〜」


「まあ、お菓子っつっても簡単なのしか作れないけどな」


 すごいと言われ、照れ臭いのか早口で返事を返したタマキの様子に、カナエがくすりと小さく笑う。


「タマキ君はすごいって俺も思うよ。今度お菓子作り俺も教えてもらおうかなあ」


「それは絶対に却下だ」


 なにを教えてもらおうかな、と悩み始めたカナエに対しそう即答をしたのはカゲミツだった。

 即答をされたことに驚き、微かに目を見開いたカナエは困ったように眉を下げながら苦笑いを浮かべる。


「別に、二人きりって言ったわけじゃないのに」


「当たり前だろ。それにタマキだって忙しいんだから――」


「簡単なものだったら教えるけど」


 ホットケーキを次々と焼きながらメンバーの話を聞いていたタマキは、カゲミツの返答に対し小首を傾げてはホットケーキの載った皿を手に振り向き、そう言葉を口にする。

 と、カナエは嬉しそうに表情を緩め、カゲミツは機嫌が悪いらしくカナエを睨む。


「カゲミツ、残念だったな」


「うるせ」


 メンバーの様子を楽しそうに眺めていたキヨタカがそう声をかけると、カナエを睨んでいた彼は今度はキヨタカを睨む。


「カゲミツ、なにしてんだよ。できたけど……食わないのか?」


 すでにみんなが食べ始めている中、一人だけ違うほうへ顔を向けているカゲミツを不思議そうに見つめては、彼の顔を覗き込みながら問いかける。

 いきなり顔を覗き込まれたカゲミツは驚き、一瞬だけ動きが停止するが、すぐに顔をそらしホットケーキへ向ける。


「あ、美味そう」


 溶かしたチョコレートがたっぷりとかけられているホットケーキはとても甘そうだが、美味しそうだ。

 呟いたカゲミツの言葉が耳に入ればタマキは照れ臭そうにそっぽを向き、一度アラタの頭を撫でたかと思えばカナエの隣へ腰を下ろした。


「タマキちゃん! 美味しーよ、これ!」


「ああ、これは美味いな」


「アラタ……口の周りチョコだらけ――って、隊長? なにしてるんですか?」


 赤ん坊のようにチョコレートでベタベタに口の周りを汚すアラタに、苦笑いを浮かべながら近くに置かれていたティッシュを一枚手に拭き取っていれば、その様子を見つめていたキヨタカが自分の指先にチョコレートを付け、そのまま自分の頬を汚す。

 その姿にタマキは微かに目を見開きながらそう問いかける。


「タマキ。俺のこれを舐め取って――」


「ふざけんな!」


 言い終える前にツッコミを入れたのはカゲミツだ。


 相変わらず仲いいな。


 などとぼんやり考えているタマキの横顔を見てカナエはなにを思ったのか、ゆっくりと手を伸ばし彼の頭を撫でる。

 突然、頭を撫でられたタマキは驚いたように目を見開き、横にいるカナエへ顔を向けると、彼はいつものやわらかい微笑みを浮かべていた。


「タマキ君、ごちそうさま。美味しかったよ」


 カナエの言葉を耳にした彼は一瞬だけ目を泳がせたかと思うとすぐにそっぽを向く。

 その行動が照れ臭さからだとわかっているカナエは思わず小さく笑い、先ほどから考えていた言葉を口にする。


「今度、二人で作って二人で食べよ?」


「……カナエが、そうしたいなら」


 返ってきた言葉には嬉しそうに、そっと自分の口に人差し指を立てては『カゲミツ君には内緒ね』と言った。




  (終)