桜と二人の色




 薄ピンク色の花びらが舞う中、俺たちJ部隊はお酒を飲んだり食べたり、普通の人と同じように花見をしていた。


「タマキちゃん! りんご飴美味しいよ〜。食べる?」


 俺の肩に寄り掛かりながら満面の笑顔で少しだけかじられているりんご飴を見せてくるアラタに返事を返そうと口を開きかけると、アラタの横からひょっこりと顔を出してきたカゲミツに声をかけられた。


「そんなのよりじゃがバターだろ。温かい内に食うと美味いぞ」


 塩の振られたホカホカのじゃがいもの端にバターが添えられているじゃがバターを手に、プラスチックのスプーンをくわえているカゲミツを睨んでいるアラタに微かに苦笑いをもらしては頭を撫で、カゲミツへ返事を返そうと口を開く。


「カゲ――」


「タマキ、花見といったら酒だろ? 飲むんだ」


 名前を言いかけるとどうじに、今度はカゲミツの横からほんのり顔を赤く染めている隊長が顔を覗かせてきた。

 そんな彼の後ろには眉を寄せているヒカルの姿が。


「タマキ、俺の命令が――」


「キヨタカああーっ!」


 さらに俺に絡もうとしてくる隊長をどう思ったのか、ヒカルの足が持ち上げられたかと思うとそのまま隊長の頭へと振り下ろされた。

 ゴッ、と鈍い音を立てながら崩れた彼の体を、ヒカルは小さく息を吐きだしながら抱え、俺の視線に気がつくと薄く笑みを浮かべながら軽く手を振り離れた。


「あ、タマキ君」


 弱々しく俺の名前を呼ぶ声。

 その声が聞こえたほうへ顔を向けると、ラムネを両手に一本ずつ持ち、ふわりと緩く微笑んでいるカナエの姿があった。


「頼まれたラムネ買ってきたけど……今、飲む?」


 俺の周りにいる人たちを気にしているのか、俺から視線を外して辺りを見渡しているカナエの言葉を耳にしては一度だけ頷き立ち上がる。

 と、俺の肩に体重をかけていたアラタが敷物の上に倒れ込んだため、慌てて起こしてやる。


「ごめんな。俺、ちょっとカナエと約束してたからさ」


「タマキちゃ〜ん……」


 まるで捨てられた子犬のように見上げてくる彼の頭をぐしゃぐしゃっと撫でては、なぜだかカナエを睨んでいるカゲミツへ視線を移す。


「カゲミツもごめんな? 戻ってきたときに食べるからさ」


「あ、いやっ、うん。気にすんな」


「いいのか?」


「ああ……ゆっくりしてこい」


「サンキュ」


 カナエと二人きりにしてくれるカゲミツの言葉が嬉しく、緩く微笑みながらお礼の言葉を口にしたら彼の顔がほんのりと赤く染まった。

 そんな彼から隊長たちへと視線を移してみると、顔を赤くしているヒカルに隊長は叱られていた。

 かと思うと隊長の手はヒカルの手首を握りしめ、そのまま引き寄せては口付けを交わした。


「……え」


 その光景に目を見開いたとどうじに、誰かに両目を塞がれた。


「タマキ君、ダメだよ。早く行こ?」


 耳元で囁くカナエの声に小さく体を跳ね上げてはその言葉に同意するように頷き、両目を塞いでいる手を握りしめながら彼がいるであろう方向へ顔を向けては目を開いた。

 すると目の前には目を細めながらやわらかく微笑んでいるカナエがいたため、思わず少しだけ顔が熱くなった。


「タマキ君、顔が――」


「気のせいだ! 早く行くぞっ」


「わ、待って」


 勢いよく彼の手首を掴んではそのまま走りだし、突然のことにバランスを崩したのかそう声を上げる彼に薄く笑みを浮かべた。




――――

「人、いないな」


「うん、よかった」


 ここまで走ってきたため、肩で呼吸をしながら放った俺の言葉にカナエは小さく頷きながら返事を返してくれた。


「ここ穴場なのに、知らないやつ多いんだな」


「実際タマキ君も知らなかったしね」


「……悪いかよ」


「誰もそんなこと言ってないよ」


 眉を下げながら困ったような反応をする彼に思わず小さく吹き出してしまえば、カナエが微かに目を見開いたことに気がつく。


「ごめん、冗談。ちゃんとわかってるよ」


「……タマキ君は意地悪だなあ」


 苦笑いを浮かべ、溜め息混じりにそう放たれるとどうじに、頬に熱いような冷たいようなものを感じ、慌てて後ずさりをしてはあてがわれたものを見る。

 と、それはただの汗をかいているラムネだった。


「なん、だよ。びっくりした」


「お返し」


 ふわりとやわらかい微笑みを浮かべながらそんなことを言ってくるものだから、思わず一瞬だけ言葉に詰まってしまった。


「……お返しとか、子供みたいなことすんな」


 先ほど俺の頬にあてがったであろうラムネを奪うように手にしては、近くに置かれていた木でできた綺麗なベンチに腰を下ろす。

 彼の微笑みに熱くなってしまった顔を隠すように俯き、手にしていたラムネを飲もうと元々はふたであったものをビー玉のはめられている部分へ押し込む。


「あ」


「え?」


 カナエが小さく言葉をもらしたものだから、なにかあったのだろうかとそちらに顔を向けたとどうじに両手に冷たいなにかを感じ取る。


「え」


 呟きながらもう一度俯いてみると、大量のラムネの泡が俺の手を汚していた。


「うわ、わっ」


 地面に吸い取られていくラムネがもったいないと、慌ててプラスチック部分の飲み口へ口を付けては喉へ流し込む。

 その際に口の端からラムネが少しだけ零れたような気がするが、気にしていられない。


「……な、なんでっ?」


 もう大丈夫だろうと、口を離してラムネを見てみるとすでに半分以上が減っていた。

 いきなりラムネが溢れ出してきたことに小首を傾げながらカナエへ視線を移してみると、なにを考えているのか彼は俺から顔を背けながら微かに肩を震わせていた。


 ……笑ってるな。


 そんな彼の反応に少しだけ顔が熱くなることに気がつけば微かに眉を寄せ、ラムネをベンチに置いたまま立ち上がる。

 空いた、ラムネでベタベタになってしまった両手で彼の頬に触れてはこちらを向かせ、目の前の唇へ勢いよくキスをしてやった。

 驚いたのか、真ん丸に見開かれた目が俺をとらえた。


「俺を笑ったお返し、だ」


 言いながら自分の起こした行動を思い返してみるとなんだか恥ずかしくなったため、カナエの頬に触れていた手を彼の背中にまわしては肩に顔を埋めて抱きついた。


「タマキ君……」


 耳にやわらかいものが触れたかと思うと、熱い息、甘ったるい声が耳元で聞こえ、自分の体は大きく跳ね上がった。


「カナ――」


 名前を呼ぼうとすると唇を塞がれ、ついばむような口付けを繰り返される。


「……タマキ君、好きだよ」


 何度も何度も好きだと囁かれ、俺たちは大きな桜が見下ろしている下で溶け合った。




  (終)