君を救いたかった




 カナエが幸せになるのなら、幸せにするのが俺じゃなくてもいいと思っていた。

 それなのにこの胸の痛みは、どす黒い感情はなんだ。


(戻ってきてくれただけで俺は嬉しかった)
 ああ、それは確かにそうだ。


(あれから時間だって経った。カナエが俺を好きじゃなくなっても仕方ない)
 それは嘘だ。本当は俺だけを見て欲しくて、好きでいてほしいって思ってる。


(…カナエが誰と体を重ねてようと、幸せならそれでいい)
 幸せ? カナエが違う人と幸せになる? 俺のことが好きだって言ったカナエを忘れられるのか?


(……カナエは、俺だけのじゃない)
 自分だけのものにしてしまえ。もう離れないように一緒に手錠をつけて。


 そうすれば死ぬときは一緒。





「タマキ君」


 耳に入った自分の名前に大きく体を跳ね上げながら声の聞こえたほうへ顔を向けると、なぜだか困ったように苦笑いを浮かべているカナエが俺の顔を覗き込んできていた。


「何回も呼んだのに反応なかったからさ」


「……トキオと話してたんじゃなかったのか?」


 意識したわけではなかったのだが、口から冷めたような言葉が出てきたことに自分でも驚き、慌てて利き手で口を押さえた。

 カナエが驚いたように目を見開きながら俺を見つめていることがわかる。

 そんな彼の表情にどす黒い感情が胸の奥から込み上げる。


 口から手を離しては小さく息を吐き出し、そのまま流れるように彼のネクタイを握り締めては引き寄せる。


「カナエは俺のだよな。死ぬときは、一緒だよな……?」


 彼の耳に唇をそっと重ねてはそう囁き、普段あまり使うことのない手錠を手にしては彼の手首へとはめ、もう片方を自分の手首へはめた。


「カナエ……誰にも渡したくないんだ。俺だけを見ろよ。そうじゃないと俺……」


 そこまで言いかけては彼からゆっくりと体を離し、ホルスターに入れていた銃を取り出しては銃口を自分の頭にあてがった。


 息を呑む音が聞こえた。


「お前の目の前で死んじゃうから」


 引き金に指をかけたとどうじに、弱々しく呟いた謝罪の言葉が聞こえた。


 一体それはなにに対しての謝罪の言葉?




  (終)