君だからこそ




 暗闇の中で煙が空へと向かっている。

 人々が叫び声を上げながら走り回っている光景を眺めながら、手を伸ばせば届く距離まで近寄ってきた煙に触れようと手を伸ばす。

 感触のない煙に触れたとどうじに、頬に熱いなにかが伝った。

 その熱いなにかはとまることを知らずに溢れ出し、黒の手袋へと零れ落ち染みになった。


「……タマキ君?」


 不思議そうに俺の名前を呼ぶカナエの声が聞こえる。

 昔から変わらない彼の優しい声で名前を呼ばれると、ほんの少しだけ心が癒されるような気がする。


「どうしちゃったんだろうな、俺」


 煙に触れた手を強く握りながらそう呟くと、隣に立っていたカナエが息を呑んだ。


「どうして、こんなところにいるんだろうな。もっと大事なことがあったはずなのに」


 けれど、それがなんだったか思い出すことができない。


「人がたくさん死んでるのになにも感じないんだ。むしろ、ワクワクしてる。おかしいよな、俺」


「いきなり、どうしてそんなことを?」


「……カナエになら話していいって思った。ただ、それだけだよ」


 先にいなくなってしまったアマネたちを追うように振り向き、一歩、足を踏み出すとどうじに頭に浮かんだことを話そうともう一度カナエのほうへ顔を向ける。


「今日、俺を抱いてくれるんだろ?」


「……うん、いいよ」


 まるで猫の頬を撫でるように俺のを撫でた手はゆっくりと顎を持ち上げ、重なるだけの口付けを落とす。

 そんな彼の行動に俺は目を細めながら、うっすらと笑みを浮かべた。




  (終)