夕飯はオムライス




 トキオは家事を全て一人でこなす。

 一緒に暮らす身としては楽だが、さすがに毎日となると手伝いたくもなってくる。

 けれど、部屋の掃除をしようにもご飯支度をしようにも、『俺がやるから』で済ませられてしまう。


 このままではいけない。

 このままだと男のプライドが粉々に砕け散ってしまう。


「トキオ!」


「ん? なんかあった?」


 俺の張り上げた声が聞こえたのか掃除機を動かしていた手の動きを、スイッチを落としてはいつもの笑みを浮かべながら俺へ顔を向けてきた。


「俺も家事手伝う」


「……んー、お兄さんがやるから大丈夫」


『でもありがとな?』なんて言いながら俺の頭を軽く叩くようにしながら撫でてくる。


 またこれだ。

 いつもこれで俺は口を閉ざし、やることがないからと外へ出て他の仲間のところへ行っていた。


 でも今日の俺は一味違う!


「手伝うったら手伝う! トキオ、俺はなにすればいい?」


 まさか言い返されるとは思っていなかったのか、掃除機のスイッチを入れようとした彼の手の動きが一瞬だけとまった。

 かと思うと、先ほどと同じヘラヘラとした笑みを浮かべながらこちらに顔を向けてきた。


「ならお兄さんの腰に抱きついてて欲しいなーなんて──」


 言い終える前に後ろからギュッとその腰に抱きついてやった。

 息を呑む音が一度、俺の耳に入ってきた。


 あれ、もしかして俺より筋肉ある?

 体つきもいいし……。


 無意識のうちに眉を寄せながらそんなことを考え、布越しからトキオのお腹、腰などにペタペタと触れていると名前を呼ばれた。

 なんだろうと顔を上げてみると、少しだけ困ったように苦笑いを浮かべているトキオが俺を見下ろしてきていた。


「タマキ、それわざとやってる?」


「は?」


 訳がわからず首を傾げてやると、溜め息をついたトキオの掃除機に触れていた片方の手が俺の腰にまわし引き寄せた。

 かと思うとその手はさらに下へと移動していき、するりといつものようにお尻を撫でられてた。

 突然のことに目を大きく見開きながら体を離そうとするが、お尻を撫でていた手が再び腰にまわされれば力を込められ、離れることができなくなってしまう。


「ト、トキオ?」


「離れるなよ。抱きついててくれるんでしょ?」


「ば、バカ! お前の手伝いをしてやろうと思っただけだ!」


 今、落ち着いて考えてみると、トキオに抱きつく手伝いというのも変な話だ。

 それなのに俺は素直にトキオの腰に抱きついて、俺よりも筋肉があることに勝手に一人で落ち込んでいた。


 バカは俺じゃないか。


 熱くなっていく顔を見られてたまるかと俯くと、不思議そうに俺の名前を呼ぶ声が聞こえた。


「タマキー?」


「……俺にも、手伝わせろよ」


 俯いたままそれでも、と言葉を続けると頭上から小さな溜め息が耳に入った。


 きっと呆れているんだろうな。

 こんなのまるで子供みたいだ。

 ある意味、プライドは粉々に砕け散った。


「タマキ、それなら買い物を頼んでいいか?」


 予想もしていなかった言葉が耳に入ってくれば、閉じていた目を開きながら俯いていた顔を勢いよく上げる。

 と、目を細めながら優しく微笑んでいるトキオと目が合い、再び自分の顔が熱くなった。


「タマキ、顔赤い」


「う、うるさい。買い物だな? 行ってくる」


「あ、メモはテーブルの上に置いてるからな」


 腰に巻かれていた彼の腕が離れたことに安堵しながらテーブルの上に置かれていたメモ、引き出しの中に入っている買い物用の小さな財布を手にしては玄関へ向かおうとして足の動きをとめる。


「トキオ、ありがとな。いつもお前、一人でなんでもこなすから手伝えることが嬉しいよ」


 手にしていた財布を小さく揺らしながら言葉を放ってやると、トキオが少しだけ目を見開いたことがわかった。

 そんな彼に笑いかけ、俺は外へと飛び出した。




  (終)