二代目帽子




 朝、家を出たときはそれほどひどくはなかった。

 むしろ気にならないくらいだった。

 それなのに今はまるで台風が近づいてきているときのように俺の髪、服などを乱す風が吹いている。

 髪を乱すと言っても帽子を深くまでかぶっているおかげでそれほどひどい見た目にはならないのだが、かぶっている帽子が吹き飛ばされてしまいそうだ。


「本当に風強いな、カナ……エ」


 顔を向けなければよかった。


 普段はふわふわとやわらかい彼の髪が、今はまるでライオンのたてがみのように逆立っている。

 そしてそんな彼の表情は全てを悟っているようで、笑ったら失礼だとわかっているのに込み上げてくるこれはなんだ。


「タマキ君、顔引きつってるよ」


 笑いたければ笑え、というように俺から顔を背けた彼の横顔が拗ねていることに気がついた俺は遠慮なく一度だけ吹き出してから、逆立っている髪を直してやろうと彼へ手を伸ばす。


「ひどい、笑った」


「笑って欲しそうにしてたから」


「そんな顔してないのに」


 眉尻を下げ、困ったように笑う彼の髪は逆立っていてもやわらかくて、触れていて気持ちがいい。


「俺、好きだな」


「えっ」


「お前の髪」


 数秒の沈黙があったような、カナエが肩を落としたような気がするがきっと気のせいだろう。

 やわらかい髪質だからか少しだけ癖が残ってしまったが、だいぶ落ち着いた彼の髪から手を離しては満足げに見つめる。

 どうじに強風が俺たちを襲ってきたため慌てて目を閉じると、かぶっていた帽子がするりと脱げたため閉じていた目を開き辺りを見渡す。

 と、俺の帽子はすでに手を伸ばしても届かないところで、未だに宙を舞っていた。


「飛ばされちゃったね」


「トキオが買ってくれたのに。カナエに構ってたせいで……」


「えー」


 二人で飛ばされた帽子を見つめながらそんな会話をしていると、彼の手が俺の頭に触れそのまま緩く撫でてきた。

 一体なにをするんだと彼を見上げてみると、彼はいつもの微笑みを浮かべながら俺に耳打ちをしてきた。


「俺が帽子、プレゼントしてあげる」


 癖が残っていた彼の髪が俺の頬をくすぐった。




  (終)