新・二代目帽子




 風の強い帰り道、かぶっていた帽子が飛んでしまった俺はカナエとともに帽子を求めてデパートへ足を運ばせる。

 このようなところに来ることがあまりないためか、色々な物に目移りしてしまう。


「この靴走りやすそうだな。うわ、こんなにするのか? 見なかったことにしよう」


 などと独り言を呟きながらふらふらと帽子コーナーから離れると突然、誰かに肩を掴まれたためそちらに顔を向けてみる。

 と、見慣れた顔が一つ、そこにあった。


「タマキ、こんなところでなにしてるんだ?」


「ちょっと帽子をさ」


「帽子?」


『おかしいな』なんて呟きながら、俺の跳ねているであろう髪を見つめる彼の澄んだコバルトブルーの瞳に胸が高鳴った。


 と言っても恋をしているほうの高鳴りではなく、帽子を飛ばしてしまったことがバレるかもしれないという、焦りからの高鳴りだ。

 バレるかもしれないというか、帽子の話題を出してしまった時点ですでにバレたことだろう。

 ちゃんと考えて発言をすればよかった。


 そんなことを考えてもすでに遅く、浅黒い肌の彼の手が俺の髪を撫であげる。


「お兄さんがプレゼントした帽子、早速なくしたんだ?」


 頭を撫でる手は優しいのに、彼の口から放たれた言葉はどこか引っかかるような話し方だった。

 しかしそれに対して突っ掛かることもできない俺は、謝罪の言葉を呟きながら思わず俯いてしまう。


 俺だってなくしたくて帽子をなくしたわけじゃない。

 センスのあるトキオからのプレゼントだったから、本当に嬉しかったのだ。


「タマキ、泣いてる?」


「な、泣くわけないだろ! ただ、悔しいんだ」


「悔しい?」


 目の奥が熱くなれば慌ててそれを飲み込み、問いかけに頷いてから顔を上げ彼の顔を見つめる。


「大事にしようと思ってた。だからなくしたことが本当に悔しいんだ」


 彼の目を真っすぐに見つめながら放った俺の言葉に、何度かまばたきを繰り返したかと思うといつもの嘘っぽい笑みではなく、やわらかい微笑みを浮かべてくれた。

 そんな彼の微笑みに見惚れてしまう。


「そこまで言ってもらえるとは思わなかった。本当、タマキは可愛いな」


 言いながら俺の前髪に触れてきたかと思うとかき分け、額に口付けを落とした彼の行動に目を見開きながら辺りを見渡す。

 が、こちらを見ている人はいなかったため思わず安堵する。


「お、お前はいきなりなにす──」


 唇を塞がれたため言葉を続けることができなかった。


 塞がれたと言っても唇で塞がれたわけではなく、前髪に触れていた手で塞がれたためこれはまだよしとしよう。

 トキオの唇で塞がれるなんて、なにがあろうとそれだけは断固阻止せねば。


「騒ぐようだったらお兄さんの唇でタマキの塞いじゃおうかなー」


 断固阻止!


 頭の中でその言葉を駆け巡らせながら未だに口を塞いでいる彼の手を引きはがしては、軽く睨みつけてやる。


 顔が熱い気がするが絶対に気のせいだ。

 トキオの言葉で顔が赤くなってるなんて、そんなことは認めない。


「騒がしくしないからこんなところでそんなこと言うな」


「ここじゃなければいいんだ?」


「そういう意味じゃない。で、トキオこそなんでここにいるんだ?」


 なんて今さらのことを問いかけてみると、会ったときから気になっていた彼の手に握られている買い物袋を押し付けられた。

 突然のことに俺はまばたきを繰り返し、ヘラヘラといつものように笑っている彼の顔を見つめる。


「タマキのことだから風で帽子でも飛ばしてるんじゃないかって、もう一つ買いにきたんだよ」


 なにをだよ、なんて聞かなくてもなにを買ってくれたのかわかる。

 風で飛ばしたなんて一言も言わなかったのに、なんでもお見通しの彼に思わず恥ずかしくなる。


「トキオ……もう、風で飛ばさないから。大事にする」


「ん、そうしてもらえるとお兄さんは嬉しいよ」


 彼の手が再び俺の頭を撫でる。

 すると、走っている足音がこちらに向かっていることに気がつき振り向いてみると、なにに興奮しているのか頬を赤く染めているカナエが手になにかを持ったまま俺の前で立ち止まる。


「タマキ君、これあげる」


 なんて言いながら、俺の頭を撫でていたトキオの手を弾いたかと思うと、手にしていたものを俺の頭にかぶせてきた。


 ……帽子、だろうか。


 そんなことを考えながらそれに触れてみると、ふわふわでやわらかい。

 高そうな帽子の肌触りだな、と内心、思いながらトキオに顔を向けてみると、彼は俺の頭のものに一瞬だけ目を見開いた後、苦笑いを浮かべながらちらりと俺の後ろにいるカナエを見た。


「そういう趣味だったんだ?」


「ち、違いますよ! いや、タマキ君ならなんでも似合うと思いますけど」


「それは確かにな。俺もそう思うよ」


 なんの話をしているのか理解できない。

 俺の話をなのだろう、それはわかる。

 二人の会話に思わず小首を傾げるとどうじだった。

 試着用の鏡に俺の姿が映っていることに気がつき、頭にかぶせられていた帽子のデザインも視界に入る。


「な、な、なななっ」


「タマキが壊れた」


「トキオさんのせいですよ」


「今回はカナエのせいだろ」


「お、お前ら……」


 声が怒りのせいで微かに震えている。

 そんな俺の様子に気がついたのか、二人は話すことをやめてこちらに顔を向ける。

 相変わらずの二人の笑みに、俺の怒りは爆発だ。


「お前らなんか大っ嫌いだ!」


 かぶらされていた猫の耳のようなデザインの帽子をそばにいたトキオの頭にかぶせてやれば、二人に背を向け逃げるように走り出す。

 もちろん、トキオからもらった二代目帽子を腕に抱えたまま。




  (終)