続けよ、幸せ




 今でも憶えている。

 拳銃の引き金を引き、俺はカナエの胸を撃ち抜いた。

 胸から、口から赤い血を吐き出し苦しそうな表情を浮かべながらもあの男は優しげに微笑んだのだ。


 けれど俺が味わったのは絶望だけだった。



「どうして撃ったんだって。どうして今まで気づいてやれなかったんだってすごく後悔したんだ」


 真っ白で、清潔そうなベッドの上に俺は転がっていた。

 太陽の光をたっぷりと浴びたからか、ふかふかの毛布からはお日さまの香りがしている。

 それを抱きしめてみると夢の中へ落ちてしまいそうになり、慌てて落ちかけた瞼を強めに擦った。


「自分の気持ちに気づいたのだって順番は逆だったけど、好きなんだ。出会えてよかったって本当に思ってる」


 擦った手でベッドに手を付いてはゆっくりと体を起こし、裸足のまま床に下りては窓を隠していたカーテンを開いてみる。

 と、天気がいいらしく星が、月がよく見える。


「だから……だからさ、本当に俺っ」


 喉が震え、言葉が続かない。

 もっと、伝えたい言葉があるのに。


「タマキ君」


 優しい声が部屋に響く。

 目の奥が熱い状態でそちらに顔を向けたらどうなるのか目に見えているため、あえて俺は窓を開き冷たい風で顔を冷やす。


「あのときはタマキ君に撃たれてもいいって、好きな人の腕の中で逝けるならいいって思ってた」


「置いていかれる俺のことも考えろっ」


「うん、ごめんね」


 謝罪の言葉を口にし、背から包み込むように俺の体を抱きしめる彼のぬくもりに、冷やすために開かれている窓に顔を向けていた俺の頬になにやら熱いものが伝う。

 触れてみると透明で、濡れていて。

 なんのために窓を開いたのかと、意味のなかった行動に思わず苦笑いをこぼす。

 そんな俺の様子を知ってか知らずか、俺の体を抱きしめている彼の手は優しく頭を撫でてくる。

 が、そんなことをされてしまうと、これ以上はと我慢していた熱いものを堪えることができなくて、頬を伝っていた熱いものが俺の手のこうにこぼれ落ちた。


「カナエが生きててくれて、よかった。もう、俺にお前を撃たせないでくれよ」


「タマキ君……」


「この先、お前を撃たなきゃいけないときが来たなら、俺は自分自身を撃つ」


「それは駄目だよ」


 予想通りの答えが返ってくると伝っていた涙を服の袖で乱暴に拭い、薄く笑みを浮かべながら振り向いては、抱きしめてきている真剣な表情を浮かべたままの彼の頬を両手で挟む。


「そんな顔するなよ。……それくらい、あのことは俺にとって悪夢だったんだ。もう、お前が傷つくのを見てるだけは嫌だよ」


「タマキく──」


 まだなにかを言い返そうとする彼の唇を自分ので塞いでやった。

 息を呑む音が聞こえたが、そんなの気にしていられるか。


 触れるだけの、まるで幼稚な口付けをしてから少しだけ距離を置くと、それほど驚いたのか目を丸くしながらカナエは俺を見つめていた。

 そんな彼に笑いかけてやると、カナエの顔はサッと赤く染まる。


「お前の痛みも悲しみも、半分こしたいんだ」


『駄目か?』と問いかけてみると、未だに俺の体を抱きしめている彼の腕に力が込められる。


「駄目なわけ、ないよ」


 彼の声が微かに震えている。

 ふわふわとやわらかい彼の髪に指を通してみると、体も震えていることがわかる。


「嬉しいよ、すごく」


 鼻をすする音が聞こえる。


「泣き虫」


「タマキ君だって、さっき泣いてたのに」


 そういえばそうでした。


 なんてことは言わずに彼の顔を覗き込むと、頬に涙を伝わらせ、目元を赤く染めている彼と目があった。

 どうじに俺たちは笑い合い、今ここにある幸せに感謝した。




  (終)