あの頃にさようなら
「取引しないか?」
頭に銃口を向けられている俺は今、トキオにコンクリートの地面へと体を押し付けられている。
彼の口から放たれた言葉に何度かまばたきをしては口元を緩め笑ってみせる。
「カナエやオミのときみたいだな」
「……俺はお前を殺したくないんだよ」
「殺さない代わりに、俺になにを求めるんだ?」
地面に体を押し付けられても自由な両腕をトキオの首へまわし、顔を近づけてみるが彼は離れることをしない。
逆に、拳銃を手にしていないほうの彼の手が俺の頬に触れ、優しく撫でる。
「上には俺が話をつける。だから戻ってこい、タマキ」
「トキオ……そんなに俺が欲しいのか?」
彼の額や頬、顎など、あえて唇には触れないよう口付けを落としてやると相手が息を呑んだことに気がつく。
その隙を狙い、腰からサバイバルナイフを素早く抜き取っては彼の首を目掛けて振り上げようとするが、すんでのところで避けられてしまい思わず舌打ちをもらす。
再び彼が拳銃を構えたことがわかれば体を起こし、手にしていたサバイバルナイフで拳銃を弾くと違う方向へと発砲される。
銃口が違うほうを向いた拳銃の銃身を掴めばこちらに向かないよう力を込め、そのまま彼の肩を掴めば地面へと押し付け、彼の体へと乗りかかる。
その瞬間、夜空に向かってもう一度発砲された。
銃身を掴んでいる手が痺れる。
「悪いけど、戻るつもりはない。アマネのそばにずっといたいからさ」
ナイフを彼の首にあてがうと、微かに喉が震えたことがわかる。
その反応にうっすらと笑みを浮かべると、銃声が聞こえたのかこちらに向かって走ってくる足音が聞こえた。
「俺はアマネが好きだ。だから取引には応じない」
「タマキ……」
あてがっていたナイフを引っ込めては彼の拳銃から手を、体を離し倒れている彼を見下ろす。
「トキオ、勘違いするなよ。俺はナイツオブラウンドの人間で、おまえの敵なんだ」
誰にも聞こえないよう『気持ちは嬉しかったけど』と呟けば、トキオらしくもなく眉尻を下げている彼から顔を背け、こちらに向かっている足音から逃げるよう俺は暗闇へと姿を消す。
トキオに触れられた頬が、なぜだか熱くて泣きそうだった。
(終)