永遠と世界と理解
トキオの発砲した拳銃の弾がカナエの胸を貫いた。
せっかくまた一緒にいられるようになったのに。
やっとカナエを光のあるもとへ連れ出せるんだって、そう思っていたのに。
カナエのいない世界で俺はどうすればいいんだ!
アマネのいないナイツオブラウンドは突っついただけで簡単に崩壊した。
それでも心から喜べないのは、そばにいて欲しい人がそばにいないからだろう。
これから先も永遠に触れることのできない男のことを想うと叫び、泣きたくなる。
トキオの言動だって理解できないわけではない。
あそこで撃たなければ、またアマネに逃げられていたことだろう。
この国は犯罪者を許さない。
それならば、その犯罪者とともに逃げた俺はどうして罰せられない?
いっそのことあのときに俺も撃ってくれればよかったのに。
「カナエ……」
もういないとわかっているはずなのに、部屋へ戻ってくるたびにその姿を探してしまう。
クッションを抱えながらソファへ座りテレビを見ていて、帰ってきた俺に気がつくと優しく微笑んで『おかえり』と言ってくれたその姿を。
「結局、ベッド買ってやれなかったな」
独り言を口にしながらソファへと腰を下ろせば、そのまま流れるように横になる。
ソファからふわりと微かにカナエの香りを感じると目の奥が熱くなり、今までカナエが抱えていたクッションへ顔を埋める。
カナエの香りが俺を包み込んで、荒れていた心が落ち着くのとどうじに熱くなっていた瞳からぼろぼろと涙が溢れ、クッションに染み込んでいく。
「……お前のしたことは正しいって、わかってる。そのおかげでナイツオブラウンドだって崩壊したんだ」
顔を埋めたまま強くクッションを抱きしめ、肩を小さく震わせながらくぐもった声を上げる。
「でも、俺はお前を許さないよ。一度だけじゃない。二度も俺とカナエを離れ離れにしたんだ」
二度目はもちろん今回のことだ。
一度目は、俺とカナエが一緒に逃げ出したあのとき。
追い詰められ足を滑らせた俺が崖から落ち、カナエも肩を撃たれ落ちて離れたあのときだ。
抱きしめていたクッションから体を離しては横になっていた体をゆっくりと起こし、先ほどから視線を感じていたほうへ顔を向けるとトキオが腕を組み、壁に寄り掛かりながらこちらを見つめていた。
「本当は今だってお前を撃ち殺したいくらい憎いよ。でも、銃を向けようとすると俺をとめてくれたあのときのカナエを思い出すんだ」
震える手で俺をとめてくれたお人好しのカナエ。
最後まで微笑みを絶やさなかったカナエは、俺に笑ってと言ってくれた。
そのときのことを思い出すだけで苦しくて、胸がはち切れそうになる。
「カナエはお前を責めなかった。これが自分の罪だって」
これだけ話しても少しも表情を変えることのないトキオに苛立ちを覚える。
「お前は、カナエが死んでなんとも思わないのかよ。自分の手で殺したっていうのに、なんとも思わないって言うのかよ!」
クッションを掴んでいる手に力を込めては、彼の顔目掛けて投げつける。
が、それを簡単に塞がれてしまえば、未だにカナエの香りが残っているそのクッションを床へ放り投げられる。
一瞬で自分の顔が怒りで熱くなった。
「トキオっ!」
腰を下ろしていたソファが大きく揺れるほど勢いよく立ち上がっては、名前を叫んだ彼の胸倉を掴みその体を痛いほど強く壁へと押し付ける。
「少しの間だけでもお前ら協力してたのに、それなのにどうして……どうして平気な顔していられるんだよ!」
この部屋にきてから、彼は一言も言葉を発していない。
なにも言うつもりがないだけか。
俺と話したくないだけか。
「……犯罪者を許さないなら、俺のことも撃てばよかっただろ」
ぴくりと、彼の眉が微かに揺れた
「そうすればカナエと一緒にいられた。カナエと離れることだって──」
突然、足を引っかけられたかと思うと自分の体はバランスを崩し背から倒れ、フローリングの床へと叩き付けられる。
痛みで顔をゆがめると倒れてしまった体に重みを感じ、慌てて顔を上げてみる。
と、乗りかかっているトキオが微かに眉を寄せたまま俺を見下ろしていた。
「いつもカナエカナエ。そんなにあいつが大切か?」
「……大切だよ。だからカナエに対するトキオのその態度が嫌いだ」
彼の肩が小さく揺れた。
「嫌い、ね。お兄さんはタマキのこと好きだけどね。好きだったから、カナエが邪魔だった。好きだったから、タマキを生かした」
「それって、どういう──」
「タマキのそばにいるのは俺だけでいい」
彼の手が俺の口を強く塞ぐ。
「どうやっても気持ちが俺に向かないなら、こうするしかないだろ?」
トキオの言葉の意味を理解できる日が、いつかやってくるのだろうか。
理解なんてできなくていい。
だから早く、カナエをこの世界に返してくれ!
(終)