勝負の中で勝負




 節分、特別ルール中です。

 じゃんけんで負けた人が鬼役をやることになり、置かれている恵方巻を鬼が食べたら鬼の勝ち。

 逆に豆を撒く側が鬼を捕まえたら豆撒き側の勝ち。

 そしてその鬼は俺がやることになった。



 鬼のお面を頭にかぶりながら、俺はゆっくりとバンプアップに足を踏み入れる。

 お酒を飲みにきたお客さんの邪魔になるのではないかと思ったが、どうやら今日一日、貸し切りにしてくれたらしい。


「マスター、お疲れ様です」


 カウンターに立ち、グラスをみがいているマスターへそう声をかけると『タマキこそお疲れさん』なんていつもの笑顔を浮かべながらプラスチック製の拳銃をこちらに向けてきた。


「え」


 なんて声を上げた俺に向かって彼は引き金を引く。

 銃口から飛び出してきたものがベチッ、なんて音を立てながら俺の額を直撃したかと思うと、置かれているテーブルの上へ転がった。

 痛む額を撫でながらそれを見下ろしてみると、節分の豆だ。

 まさか、と勢いよく顔を上げるとマスターの手には見覚えのある……そうだ、あれはネットランチャーだ。


「な、なんでマスターがそんなもの──おわあっ!」


 大きな網がこちらに向かって飛んでくれば慌てて近くの椅子を手に、網に向かって放り投げる。

 椅子の転がり落ちるが聞こえ、自分の身がなんともないことがわかればマスターのいたほうへ顔を向ける。

 が、そこにはマスターの姿がなく恐る恐る近寄ってみると、自分の放った網に俺が放った椅子と一緒に絡まって気絶している彼がいた。


 椅子が額にぶつかったのだろうか。

 気絶している彼の額はほんのり赤く染まっていた。


「ご、ごめんなさい」


 聞こえてはいないだろうが、そう謝罪の言葉を口にしては転がっていた豆を拾い上げ、殻を剥いては口へ放り込んだ。




────

「……暗い」


 とびらの隙間からミーティングルームを覗き込みそう呟いた俺の視界には、部屋が真っ暗なせいでなにも映らない。

 思わず小さな溜め息をこぼしながら勢いよくとびらを開いては片手で部屋の明かりをつけ、自分のほうへ勢いよく飛んできたものに気がついては慌ててしゃがみ込み、振り向いてみる。


 今、飛んできたであろう豆が壁にめり込んでいた。


(わ、笑えない)


 内心、そう呟いてはしゃがみ込んでいた腰を持ち上げて一歩、足を踏み出すとなにかが転がっていたらしくそれに足を取られそのまま俯せの体勢で床に倒れてしまう。

 痛む体に深く眉を寄せながら閉じてしまった目を開いてみると、たくさんの豆が転がっていることがわかる。

 豆まきでもしていたのだろうか、と考えるが部屋が暗かったためそれはないだろうと一人で疑問に思い一人で納得する。


 頭上からなにかが振り下ろされる音が聞こえればその体勢のまま横へ転がり、体を起こして先ほど自分が倒れていたほうへ顔を向ける。

 と、そこには虫を捕まえるためのものであろう網を手にしているアラタの姿が。


 似合ってるなんて言ったら子供扱いしないで、なんて拗ねそうだな。


「タマキちゃん、逃がさないよ。絶対に僕が捕まえるんだから」


「アラタ、聞いてもいいか?」


「ん、なーに?」


「ここに恵方巻ってあるのか?」


「……ごめんね、タマキちゃん。僕、どこにあるのかわからないんだ」


 そう言いながら満面の笑顔でこちらに突っ込んでくるアラタから逃げるよう階段状の梯子を登ると、そこには暇そうに壁に寄りかかりながら手にしている本を読んでいるカゲミツの姿があった。


「カゲミツ!」


 名前を読んでみると彼の肩は大きく跳ね上がり、本を見つめていた茶色の瞳が俺をとらえると表情が和らぐ。


「カゲミツなら知ってるよな。恵方巻はどこにある?」


「あー、確か五階だった気がするな」


「カゲミツ君のバカー!」


 アラタの叫ぶ声が聞こえた。


「教えたらタマキちゃん五階に行っちゃうじゃん! もうちょっとここにいて欲しかったのに、僕が捕まえたいのにー!」


 その叫びにカゲミツはハッ、となにかに気がついたようだがすでに遅い。


「カゲミツ、サンキュ! カゲミツなら教えてくれるって信じてた」


 笑顔を浮かべながら彼の肩を軽く叩いてやると、彼も釣られるように頬を少しだけ赤く染めながら笑い返してくれた。

 そんなやり取りをしていると梯子のてっぺんまで登ってきたアラタの姿が見え、俺はその梯子も使わずに未だに豆が転がっている場へと音を立てながら降り立つ。

 痺れるような痛みが足に走り、少しだけ顔がゆがんでしまうがこれくらいはなんともない。

 このままとびらへ直行、と顔を上げると、そこには愛用の拳銃と同じ形の、しかしプラスチック製のものを手にしているキヨタカ隊長が立っていた。


「だから壁に豆がめり込んでたんですね」


「タマキ、悪いがここで捕まってもらう」


 引き金にかけられた指が小さく揺れたことに気がつけば咄嗟に横へ避けてみると、予想通り彼の手にしている拳銃は大きな音を立てながら豆を吐き出した。


 これで二回。

 いつもの拳銃と反動が違うといっても似せて作られているため、これ以上はさすがの隊長でもつらいだろう。


 そんなことを考えながら彼の顔を見つめていると、彼は俺ではない、それよりも後ろを見つめたまま目を大きく見開いた。

 なにやら顔が青ざめている。

 なにかあったのだろうかと後ろを振り向いてみると、こちらには興味なさ気にパソコンをいじっていたはずのヒカルが胸を押さえ、苦しげに眉を寄せながら床に転がっていた。

 そんな彼に真っ先に駆け寄ったのはアラタだった。

 隊長は手にしていた拳銃を床へ落とし、呆然としている。


「ヒカル!」


 アラタに釣られるよう俺もヒカルへ駆け寄ると、彼は口で呼吸をしながら痛むであろう胸を、服が伸びるほどに強く握っている。

 そんな彼の腕にそっと触れてみると、ビクリと大きく体が跳ね上がった。


 俺が避けてしまったせいで隊長の撃った豆がヒカルの胸に当たってしまったのだろう。

 ただの豆、そう思いたいところだが壁にめり込むほどの威力だ。


「隊長! 今から病院に──」


 言葉を放ちながら隊長へ顔を向けてみると、彼の手には先ほどアラタが手にしていた網が握られていた。

 それがゆっくりと振り下ろされるといきなり方向転換し、その網はなぜかアラタの頭をとらえた。

 数秒の沈黙。

 それを破ったのは先ほどまで苦しんでいたはずのヒカルだ。

 お腹を抱え、これでもかというほどに大笑いしている。


「二回も撃ったから腕おかしくなったんじゃねえの?」


「えっと……ヒカル?」


「ん? ああ、心配しなくて大丈夫だからな? 俺、防弾チョッキ着てるから」


 目尻に溜まっていた涙を拭い、自分の胸を何度か叩く彼の言葉を耳にしては思わずまばたきを繰り返しながら彼を見つめる。


 顔色も悪くないし普通に話している。

 いつもと変わらないヒカルの様子に思わず深く息を吐き出しては笑ってみせる。


「ヒカルが無事でよかった」


「タマキは心配しすぎなんだって」


「心配くらいさせてくれよ。仲間なんだから」


 彼のオレンジ色の髪を緩く撫でてみると、彼も釣られたように笑ってくれた。

 そんな彼から視線を外しては近くにいるアラタと隊長を見るが、相変わらずの二人に思わず声に出して笑ってしまった。




────

 とうとう五階まで来た。

 残っているのはカナエとトキオか。


「……二人だけは敵にまわしたくはなかったな」


 小さく呟きながら少しだけ乱れてしまった髪、お面などを整えてからドアノブに触れては、音を立てないようゆっくりととびらを開き中を覗き込む。

 明かりはついている。

 そしてどうやらテレビの電源も入っているらしくニュースを読み上げるアナウンサーの声が聞こえた。


「タマキ君?」


 気配に気がついたのか、そう俺の名前を呼ぶ声が聞こえ、思わず小さく息を吐き出しながら部屋へと足を踏み入れる。


「バレるとは思わなかった」


「タマキ君のことならなんだって」


 よくそんな恥ずかしいことが言える。


 内心そんなことを呟いては周りを見渡し、トキオの姿がないことがわかれば再びソファに腰を下ろしているカナエを見る。

 すると俺の考えていることがわかったのか、彼はいつものやわらかい微笑みを浮かべながらゆっくりと立ち上がる。


「タマキ君。降参する気、ない?」


「ない」


 即答してやると彼は困ったように頬を掻きながら苦笑いを浮かべ、目を伏せて一度、小さな息を吐き出したかと思うと浮かべていた笑みを消して突っ込んできた。

 カナエの素早い動きに息を呑みながら腰を下げて彼のわきをすり抜けようとするが、こちらに伸ばされた足に自分の足を引っかけてしまえば慌てて地面へ手をつき体勢を整えてから振り向く。

 すると少しでも距離を置いたはずのカナエが目の前に。


「な──」


 こちらに伸ばされた彼の手が俺の肩に触れ、そのまま俺の体を壁へと押し付ける。

 背中に走った痛みで思わず顔がゆがむ。


「痛くさせてごめんね。でもここで俺がタマキ君を捕まえなきゃ……」


 顔を伏せている彼がどんな表情を浮かべているのかわからない。

 そして俺の肩に触れている彼の手の力が抜かれている。


 チャンス、じゃないか?


 痛くないように彼の手を弱めに弾いては体を離し、ここから一番、近い自分の部屋のドアノブに触れてまわす。


「タマキくんっ!」


 俺の名前を叫ぶカナエの声を聞きながら勢いよくとびらを開くと、なにやら目の前に障害物が。

 これはなんだろうと顔を上げてみると、満面の笑顔を浮かべているトキオの姿が。

 その姿にまるで金魚のように口をパクパクと開いたり閉じたりを繰り返すが、勢いのついてしまった自分の体をとめることができずそのままトキオの腕の中へ。

 それでも勢いはとまらず、彼の背に置かれているベッドへとともに沈んでしまう。


「タマキは積極的だな〜。そんなにお兄さんとエッチなことしたかった?」


「な、ななっ……なにをっ」


 突然のトキオの登場に考える余裕がないほどに驚いたというのに、この男はいきなりなにを言い出すのだ。


 まるで彼を押し倒しているような体勢になっていることに気がつけば慌てて体を離そうとするが、彼の手が自分の尻を撫で上げるとビクリと体が跳ね上がる。


「んー、やっぱりいい形」


 なんて言いながらそのまま揉まれてしまうと自分の眉が小さく揺れ、顔が熱くなっていく。

 そして慌ただしく向かってくる足音の聞こえるほうへ顔を向けてみると、目を丸くしながらこちらを見ているカナエの姿が。


「だから俺が捕まえたかったのに」


 なんて呟きながら強くとびらを殴りつけている。


「……ああ、もしかして俺、捕まったことになるのか?」


「そうなるな。だからお兄さんの勝ち」


「トキオの勝ち?」


「あ、こっちの話」


 なんて悪戯っ子のような笑みを浮かべながらカナエを見つめている様子に小首を傾げながら、ベッドわきに置かれていた恵方巻を頬張った。



 その後、俺を捕まえた人が一日、俺を好きにできる、なんてことが勝手に決められていたことを知って怒ったのはまた別のお話。




  (終)