なにも知らないままで


 兄貴がラブレターをもらってきた。
 名前は書いていないらしいが、可愛らしい手紙から女の人からだということがわかる。
 兄貴の話を聞く限りだと、何時に待ってます系の手紙ではなく陰から見つめてます系らしい。


「今のご時世にラブレターとか珍しい」


 ネット社会の今ならスマホで簡単に相手へメッセージを送ることができるだろうに、わざわざ手紙を渡すあたり形として残してもらいたいのか、印象づけて忘れないようにしているのか。
 どんな理由があるにせよ俺にとっちゃいい気分ではない。
 兄貴の照れくさそうな顔を見ると、俺の腹の底からどす黒いものが込み上げてくる。
 内心、大きな舌打ちをしてから、どす黒いものが口からあふれ出してしまわないよう無理やり押し込んでから笑ってみせる。


「でも兄貴が持ってたらボロボロにしそうだよな」

「失礼な」

「だって兄貴、片付けも掃除も下手だし」

「そ、それは確かに言い返せないけどさ」


 そもそも兄貴が片付けや掃除のコツをつかめないのは、コツを掴ませないように俺が手を出していたからだけど。


「俺に渡してくれたら綺麗に保管しとくけど」


 どうする? とたずねると、眉間に皺を寄せ少しだけ悩むような素振りを見せたあと、読むなよ、なんて言いながら可愛らしい手紙を渡してきた。
 その手紙を今すぐにでも握り潰してしまいたい衝動を抑えながら『読まないよ』と伝えると、すぐに安心した表情を浮かべる兄貴は単純だと思う。

 単純で、純粋で、素直で、真っ直ぐで。

 こんなどろどろとした感情を兄貴にぶつけたら、どんな表情を浮かべるのかとときどき考える。
 考えるだけで、俺は兄貴の弟だから行動に移すつもりはないけど。

 ラブレターの話題もそこそこに、手紙をテーブルに置いたまま俺たちは眠りについた。


 次の日、学校へ向かう兄貴を見送ったあと、俺はテーブルに置きっぱなしにしていた手紙を手に取り中身を取り出し、そこに書かれていた文章を読んだ。
 可愛らしい手紙だと思ってはいたけど、そこに書かれていた文字も丸文字で女の人っぽく可愛らしい。
 内容も普通の人からしたら可愛らしいと思うのかもしれないが、俺からしたら陰から見つめてますなんてただのストーカーと同じだ。

 この手紙を書いたのが誰なのか特定したいが文章にも名前は書いていない。
 書いてあったら常に目を光らせておくのに残念だ。

 兄貴には手紙を綺麗に保管しておくと言った。
 だけどこんな不快な手紙を綺麗に保管するはずがなくて。
 手紙を手にしたままキッチンまで歩いてくれば、コンロに火をつけ手にしていた手紙を近付けていく。

 手紙の端に火がついた。

 そこからジワリジワリと火が広がっていって、可愛らしい手紙が無残なかたちへとなっていく。
 半分まで燃えたところでシンクへと落とすと、一度勢いのついた火は消えることなく手紙を全て燃やしてしまった。

 もし兄貴が手紙を読み返したいと言ってきたらどうするのかとか。
 色々と考えてはいたけど、とまらなかった。
 でもきっと俺はまたいつものようにうまいこと言いくるめて誤魔化すんだろう。

 今までも、そしてこれからもずっと。




  (終)


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