悪夢あげいん〜AKUAGE〜
やわらかな声が、匂いが俺を包み込んだ。
力強く閉じていた目をゆっくりと開くと、視界の端に茶色の髪が映っている。
「……四之宮、さん?」
「大丈夫だから。ここなら安全ですから」
だから静かに、と微笑み、ゆっくりと立ち上がった四之宮さんから視線を外し、辺りを見渡してみるとここは厨房だった。
襟首を掴み、中に引きずり込んだのが彼ならば、俺を助けてくれたと思っていいんだろうか。
そんなことを考え、辺りを見渡していた顔を持ち上げ四之宮さんを視界に入れて数秒。
突然、彼が振り向き、なにかを作っていたおばちゃんからどんぶりを受け取った。
かと思うと俺の目の前でしゃがみ込み、『はい』なんてそれを差し出した。
「……え、なんですか?」
「天ぷらそば。あれ? そばは嫌いじゃないよね?」
「嫌いじゃないですけど」
むしろ好きなほうに入るけど、でもなんでいきなり天ぷらそばなんだ。
「だって食券、買わせてくれなかったんでしょ?」
なんて、俺の言いたいことが通じたらしくそう返した彼の言葉に、気づいていたのかと何度かまばたきを繰り返したあと、差し出されたままのそれを受け取った。
まだ食堂内に俺の名前を叫ぶ零の声が響いている。
どうして零につきまとわれているのかわからない。
そしてこれからどうなるのかもわからない。
ただ一つだけ叶うなら、俺は平和を望む。
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