悪夢あげいん〜AKUAGE〜






 上下黒ジャージという格好に着替えを済ませ、なぜか言い争いをしていた五条と三牧先生の横をすり抜けては乾いたタオルで濡れていた廊下を拭いていく。
 時折すれ違う人が不審な目で見てきたが、そんなことを気にしても逆に今更だ。

 水を吸い取ったタオルを片手に部屋へと戻れば、すでに三牧先生は帰ったらしく言い争う声は聞こえてこなかった。
 手にしていたタオルを洗濯機へと放り込み、手を軽く洗ってからリビングへ戻るとソファへ腰を落ち着かせている五条の後ろ姿が目にとまった。
 口の中に涎が広がりそうになるこの匂いは、梅干しか。


(あの梅干し、本当に五条のだったんだな)


 意外な好物に一人で納得しては声をかけることもなく自分の部屋へ足を向かわせる。
 が、辺りに響いた腹の虫の音に、リビングの部屋を挟んでいる扉のドアノブに触れていた手の動きがとまる。

 確かになにも食べていなかったから俺も腹は減っているけど、今のは俺の腹の音じゃない。
 ということは──


「お前のせいだってわかってるよな?」

「俺のせいデス。たから顔に梅干し押し付けないでクダサイ」


 箸で摘まれた梅干しを頬に押し付けられているおかげで口の中が涎でいっぱいだ。
 しかもその梅干しの汁が俺の顎を伝っているおかげでなんだかくすぐったい。
 そして今、初めて気がついたことだけど五条って箸の使い方、綺麗なんだな。

 そんな関係のないことを考えていると頬に押し付けられていた梅干しがようやく離れ、彼の口内へと消えていく。
 汚くないのか、と言葉にするつもりのないツッコミを入れたとどうじに俺は息を呑んだ。

 顎を這うザラリとした感触。
 これがなんなのか、考えなくたってわかる。


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