俺の恋人は二個年上の風紀委員長です。
 いつも風紀を乱すものを取り締まっていました。

 けれど今、俺はそんな風紀委員の恋人から逃げています。




  一ヶ月間の逃亡




 先週、同じクラスにオタルックスの鮫島(さめじま)が編入してきた。
 理事長の甥だと噂されている彼は編入当日に生徒会長に気に入られ、次々と学園で人気のある男を落としていったという。
 もちろん、親衛隊が黙っているはずがなかった。
 しかし四六時中、生徒会室で過ごしている鮫島に制裁を下すことのできなかった親衛隊はなにを思ったのか、鮫島の隣の席でもあり同室者。
 嫌々、彼に絡まれている平凡男に制裁を下し始めたのだ。

 平凡男は薄々、気づいていた。
 自分自身に制裁が下されると。





「ぐ、うあっ! あっ……」


 人気のない校舎裏で俺は制裁にあっていた。
 そう、先ほど説明していた平凡男というのは俺のことだ。
 鮫島に勝手に親友にされ、無理やり食堂で生徒会と食事。
 しまいには生徒会室にまで連れて行かれてしまった。

 しかし鮫島とは違い、俺はすぐに生徒会室から追い出される。
 もうお前は用済みだ、というように。
 いつもその隙を狙って、俺はガタイのいいやつらに連れて行かれるのだ。


(コイツらも本当、飽きないよな)


 そんなことを考えながら痛みを堪え、制裁が始まってから三分。
 俺に向かって足を振り下ろした男が二メートル先まで吹き飛ばされた。
 その様子に思わず口の端が持ち上がってしまう。

 慌てたようにガタイのいいやつらが辺りを見渡すがすでに遅く、十秒もしない間に制裁を下していたやつらはその場で気絶していた。


「ちぇー、弱っちーの」


「おい、気絶してるんだからもう蹴ってやるな」


「わかってますよー。俺たち風紀委員ですもんねぇー」


「本当にわかってんだか……」


 ブツブツと呟きながら歩み寄ってくる足音が聞こえれば、痛む体も気にせずに顔を上げる。
 と、眉尻を下げている風紀委員長、そして俺の恋人でもある雅俊(まさとし)先輩が俺の体を抱えた。
 まるで米俵を抱えるような体勢に、思わず顔が熱くなる。


「ま、雅俊先輩! 大丈夫ですから!」


「大丈夫なわけないだろ。今日で何回目の制裁だよ」


 そう言われてしまえば口をつぐむしかない。


「委員長ー。多分その体勢が恥ずかしいんだと思うんですけどぉー」


 語尾を伸ばす、赤い髪の持ち主のこの男は俺より一個年上の裕翔(ゆうと)だ。
 雅俊先輩と同じ風紀委員で、委員長の座を狙っているらしい(本人から聞いた)。
 そんな裕翔の言葉が聞こえたらしく、先輩が歩くことをやめたかと思うと顔を覗き込んできた。


「浩樹(ひろき)、恥ずかしい?」


 その問いに何度も頷いてみせると、渋々といった様子で体を下ろしてくれた。

 そんな日が、毎日のように続いた。
 最近は痛む体を動かすことも苦痛で、夜も満足に眠れない。
 風紀委員を一人付けると雅俊先輩に言われたこともあるが、俺一人だけに風紀委員を付けたらさらに周りの反感を買うことになるため、丁寧に断った。
 そのときの先輩の不安そうな表情が忘れられない。
 いや、忘れられるわけがない。
 俺があのときに遠慮せずに風紀委員を一人でも付けてもらっていたら、きっとこんなことにはならなかった。


「さめ、じまっ……」


 体が熱くて、下半身に激痛が走る。
 どうして同室の鮫島に組み敷かれているのか、理解ができなかった。


「浩樹……浩樹、かわいい」


 奥まで熱を押し込まれると、溜まっていた涙がこぼれ落ち枕に染み込む。

 今は何時だ。
 生徒会はどうした。
 晩飯になにを仕込んだ。

 色々と聞きたいことがあるのに、自分の口から漏れるのは耳を塞ぎたくなるような甘い声。


 あぁ、俺は雅俊先輩を裏切っている。


 雅俊先輩以外で感じている。



 こんなことになるなら、いっそ俺を殺してくれ。