恋人に振られました。
ついてない日というものは本当にとことんついてないんだなと思った。
「俺がお前みたいな平凡野郎に本気になると思った?」
恋人だと思っていた相手にそう言われたのが一時間前。
そしてなぜか今、俺は風紀委員室のソファに座っている。
向かいのソファに腰を落ち着けているのは短髪で白髪の帆風(ほかぜ)風紀委員長だ。
『ド』がつくほどの平凡顔な俺とは違い、身長が高く顔のパーツは整い筋肉もガッシリ。
しかも風紀委員長という肩書。
この学園でかなりの人気がある男だ。
そんな男が今、俺の前でうなだれている。
その原因はもちろん俺にあるわけだが。
「平江(ひらえ)……。確かお前って一年の頃は無遅刻無欠席で成績もそこそこの真面目な生徒だったはずだよな」
そう俺の名前を口にする風紀委員長の言うとおり、一年生の頃は確かに『優等生』と言われる部類に入るほどの真面目な生徒だった。
二年生になってからは欠席はなかったものの遅刻は多くなり、成績も一年の頃に比べると格段に落ちた。
その原因は二年生になった頃にできた恋人が原因だろう。
まあその恋人には一時間前に振られたわけだけれども。
「この煙草も、恋人が原因か?」
先程から風紀委員長が手にしていた煙草。
俺が十分程前に人のいない校舎裏でふかしていたものだ。
そこを運悪く風紀委員長に見つかり、引きずられるように風紀委員室に連れてこられて今に至る。
「ある意味あいつが原因と言えばそうですね」
「どういうことだ?」
元々その煙草は俺のものではない。
元恋人が煙草を切らしたときのための予備として持っていたもので、俺は今までの人生で一度も煙草を吸ったことはない。
ではなぜあのとき予備として持っていた煙草を吸ってしまったのか。
「……むしゃくしゃしてつい」
風紀委員長が大きなため息を吐き出した。
呆れたような表情を浮かべる風紀委員長の姿を見るのは一体何度目だろう。
二年生になってから悪い意味で風紀委員には何度もお世話になった。
本当は、迷惑をかけたかったわけじゃない。
頭ではそう思っていても、恋人の影響が大きすぎた。
「でも、あいつとは別れたんで」
風紀委員長が顔を上げて俺を見た。
切れ長の鋭い目にじっと見つめられると、何度も経験しているとはいえさすがに緊張する。
「一時間前に、本気じゃなかったって……」
元恋人から言われたことを復唱しようとしたらなぜだか言葉がうまく出てこなかった。
代わりに熱いものが込み上げ、徐々に視界が歪んでいく。
「平凡野郎に、本気になるわけないって……」
泣くつもりなんかなかったのに瞳から溢れ出すものを抑えることができなかった。
それだけで俺のほうはあいつに本気だったんだと思い知らされる。
確かにあいつの告白は半ば脅しのようなものだったけど、一緒に過ごしていくうちに優しいところも知っていって。
風紀委員には何度も迷惑をかけたけどそれでもそばにいたくて。
(依存、してたんだろうな)
人生で初めてできた恋人。
もちろん体だって重ね合わせた。
でももうそれも終わりだ。
気持ちを落ち着けようと深く吐き出した息はわずかに震えていた。
「平江」
名前を呼ばれたため手のひらで涙を乱暴に拭い風紀委員長を見ると、切れ長で鋭いと感じていた瞳は優しげな色を宿しながら俺を見つめていた。
そして俺の頭をゆっくりと撫でているこれは風紀委員長の手か。
「つらかったな」
今までたくさん迷惑をかけてきたのに、そんな優しい声をかけないで欲しい。
せっかく気持ちを落ち着けようとしていたのに。
また熱いものが込み上げてくるじゃないか。
「たくさん泣いていいんだ」
我慢なんかできなかった。
まるで子供のように声を上げて泣く俺を、風紀委員長は落ち着くまでずっと撫でてくれた。
(終)
2.黒く染めました。 top