黒く染めました。
俺の好みは、元々は女の子だった。
それならどうして男の恋人を作ってしまったのか。
原因はやはり、半ば脅すようにして告白されたため仕方なく付き合ってみたというのと、俺の通っているこの学園が全寮制の男子校だからだと思う。
この学園に通っている人たちのほとんどが男同士で付き合うことに偏見がない。
むしろ女子が好きな男たちは女子に飢えすぎて転校していくことが多い。
過去の俺みたいに女の子が好みで学園に残っているやつらもいるけど、ごく少数だ。
でもそのごく少数の人たちも今の俺みたいに染められたりする。
(あいつに染められたってのが今では不快だけど)
大きく息を吐き出しながらうつ伏せの体勢で自分のベッドへと倒れ込む。
まだあいつのことを考えてしまう自分に苛立ちを感じながら、ゆっくりとまぶたを持ち上げると視界に入る染められた自分の髪色。
あいつが、この色きっと似合うよ、と言ってくれた色。
(…………染めるか)
見るたびにあいつのことを思い出してしまいそうで。
それだけは勘弁、と少しだけ乱れた髪を撫でつけながらベッドに転がっていたスマホを手に、ヘアカラーを買うべく部屋を出た。
* * *
俺が暮らしている寮の一階にコンビニがある。
今日は学園が休みだからか、午前中だというのに人が多い。
(コンビニが一階にあるってやっぱ便利だもんなあ)
そんなことを考えながら自動ドアをくぐった俺は目的のものを見つけるとそれを手に取りレジへと向かう。
もちろん袋は断り、スマホで支払いを済ませてはテープだけを貼ってもらったそれを手にコンビニを出て自室へ戻るため足を向かわせる。
「平江か」
数日前にも聞いた声だ。
振り向いてみると、今日は学園が休みだというのになぜか制服姿の風紀委員長がこちらに向かって歩いてきていた。
今日はなにも悪いことをしていないというのに少しだけ警戒してしまったのは今までの自分の行いのせいだろう。
「休みなのに制服ですか?」
「散歩ついでに見回りをと思ってな」
「風紀委員は大変ですね……」
今まで大変にさせてきた俺が言えた台詞ではないが、休みの日にまでこんなことをしているだなんて知らなかった。
俺には絶対に無理だな、なんて考えている俺の手にしているものに気がついたのか、彼は『染めるのか?』と尋ねてくる。
「色、戻そうと思って」
あいつの好みに染められた自身の髪を指先でいじっていると、それを見ていただけの風紀委員長の手がこちらに向かって伸びたかと思うと髪に触れられた。
なにも言わずに撫で上げられる手がくすぐったい。
「この色見てるとあいつを思い出しちゃうんで」
「……そうか」
最後になぜか親指の腹で頬を撫でてから手が離れていく。
そんな手から視線を外し風紀委員長を見上げると、彼は優しげな表情を浮かべていた。
俺が一年生で入学した頃、当時二年生だった風紀委員長はすでに風紀委員に入っていた。
その頃はまだ風紀委員長ではなかったけど、すでにその頃の風紀委員長以上の人気はあったし、男の俺から見てもカッコいい人だなと思っていた。
でも一年生の頃の俺は男になんか興味なかったし、それ以上の感情はなかった。
今ならそれ以上の感情はあるのかと聞かれたらそれはちょっと違うけど、でもそんな優しそうな顔をされるとさすがにじわりと胸になにかが染み込んでくる感覚がしてしまう。
きっと男に興味のないままの俺だったらその表情を気にもとめなかったんだろうけど。
「じゃあ俺そろそろ戻りますね」
「ああ。呼び止めて悪かったな」
そんな謝罪の言葉を口にする風紀委員長に『むしろ嬉しいです』と笑ってやると、彼は数回瞬きをしてから笑い返してくれた。
その表情を見てから軽く手を振り、俺は背を向け歩き出した。
(終)
3.すみませんでした。 top