すみませんでした。


 食堂で晩ご飯を食べてきた俺は満腹な腹をさすりながら自分の部屋のカードキーを手に、ドアノブ上の隙間へとカードを滑り込ませロックを外す。
 カードキーを取り出しとびらを開け目に入ったのは二人分の靴だ。


(珍しい。今日はいるのか)


 俺には同室者が一人いる。
 といってもいつも違うところで泊まっているのか普段から帰ってくることはないし、たまに帰ってきたとしても誰かとベッドで遊んでいるだけだから気にはならない。
 強いて文句をつけるならば、ときどきその声が俺の部屋にも聞こえてくることくらいだろうか。
 高く可愛らしい声が聞こえ、俺も妙な気分になるときがある。


(今日は聞こえなきゃいいんだけど)


 そんなことを考えながら共同スペースに置かれた洗面台で歯を磨いてから自室へと戻る。
 シャワーは食堂に行く前に浴びたからいいか。
 満腹でまどろむ意識の中、上下スウェットのままの俺は大きなあくびをもらしながらベッドへと体を滑り込ませ目を閉じる。
 さすがに寝るには早すぎる時間だが、睡魔が俺を呼んでいるんだから仕方がない。



  * * *



 声が聞こえる。
 高くて可愛らしい、それでいて艶っぽい声。


(お盛んですね)


 今は一体何時だと時間を確認しようと、寝る前に寝ぼけていた俺が足元に転がしたであろうスマホを手に取ると夜中の三時。
 さすがに眠るのが早すぎたせいか頭は冴え、全く眠くない。
 というか、声が聞こえているこの状況で眠れるわけがない。
 隣の部屋で行われていることだというのに、俺まで甘い空気に酔わされてしまいそうだ。


(前回は俺、どうしたんだっけ)


 前回、同室者が帰ってきて声が聞こえたときは確か、


(……そういやあいつの部屋に行ってたな)


 あいつ、とは元恋人のことだ。
 スマホで連絡をしてから部屋へ行き、一緒に眠ったり他のことをしたり。
 別れた今では連絡をするはずもなく、深い溜め息をこぼしながら毛布を頭までかぶり音を遮断しようと試みる。
 まあそれも無駄に終わったわけだけれども。

 自分の口からもれる息が熱っぽい。
 気づけば下半身にも熱が溜まっているような気がする。


(最後に抜いたのはいつだっけ)


 あいつと別れてからまだ一度もしていなかったような気がする。
 気持ち的にする余裕がなかったのだから仕方がない。

 まだ隣の部屋から聞こえてくる甘く乱れた声。
 その声を聞きながら俺は恐る恐る下半身へと手を伸ばした。




 思えば、あいつとする行為は気持ちが良かった。
 体の相性は良かったんだと思う。
 男を全く知らない俺の体を開発することは本来なら面倒だろうに、でもあいつは楽しそうにやってくれた。


(……なんで今でもあいつのことを考えてるんだか)


 本気で好きになった相手を忘れようとするのは難しいな、と熱っぽい息を吐き出しながら手の速度を速め自分を高みへと追いやっていく。
 もうそろそろ、と未だ潜ったままの毛布から手を出せば、ヘッドボードに置いてあるテッシュ箱から数枚取り出し準備をする。


「……っは……」


 水気の音を響かせながらつま先を開いたり伸ばしたり。
 もうなにも考えられず目を閉じたその瞬間、まぶたの裏に浮かび上がってきた人物に俺は動揺した。


「っう、そ……ちょ、待っ……!」


 まるでその人物に吐き出すように俺は達してしまった。
 呆然と、下半身にティッシュを押し付けたまま動くことができない。
 穢してはいけない人を穢してしまったかのような。
 気分はとても最悪だ。

 次もし校内で見かけることがあったらどんな顔をすればいいのかわからない。
 もしかしたら俺からは声をかけることができないかもしれない。
 しばらく顔は見れないな、と風紀委員長のことを考えながら俺は息を吐き出した。




  (終)


4.二人で怒られました。 top