こっち見てましたか。


 軽井はスキンシップが激しい。
 あいつにくっつかれるようになって真っ先に思ったことはそれだった。

 実際、今だってちょっとした休み時間の合間、席から立ち窓の外を眺めていた俺の体にぴっとりとくっつきながら同じように外を見ている。
 暑苦しいと思うときもあるけど、でも正直この距離感は嫌いじゃない。
 あいつと別れて、人のぬくもりが恋しかったんだろう。


「三年の次の授業は体育か」


 紙パックのストローに口をつけていた軽井が言ったとおり、校庭脇からジャージ姿の三年生がぞろぞろと姿を現した。
 三年生が体育、で思い出すのは先日のことで。


「あのときの帆風先輩すげー怖かったよなぁ」

「まあサボってた俺たちが悪かったからな」

「俺はサボってたんじゃなくてひらこうのためにスポドリ買ってただけなのに」

「名前音読みにすんな」


 そんな相変わらずのくだらない会話をしながら、徐々に俺の方へ体重を預けてくるこいつの行動を受けとめつつ軽井へと顔を向ける。


「そういやお前、最近俺とつるんでるけど友達いないの?」

「ひらちゃんがいる」


 こいつに友達がいないわけがないことを知りつつ口にした問いに、考えることもなくさらりと返された言葉。
 俺はお前の友達だったのか、と思ったことはさすがに言わないでおく。


「ひらっち」


 名前を呼ばれたとどうじに重ねられた唇。
 先程からジュースを飲んでいたせいか、軽井の唇は少しだけ湿っていた。

 あの日からこいつはよくこうして唇を重ねてくる。
 欲求不満なのかとも考えた。
 確かにどこかに泊まりに行くことはなくなったが、今でも誰かを部屋に連れてきたりしているのだからそれはないなとすぐに打ち消した。

 最初の頃はこいつからの口付けを何度も拒否していたが、慣れというのは恐ろしいもので。
 今ではただの激しいスキンシップだと受け入れている。


「友達はキスしないと思うけどな」

「えー、じゃあ恋人になる?」

「冗談」


 お前にも俺にもそんな気は一切ないくせに。
 そもそも俺に恋人なんてしばらくは必要ない。

 そんなことを考えながらこいつの唇によって湿らされた自身の唇をなんとなしに舐めると、口内に広がった青臭い味に一瞬で眉間にしわが寄った。


「…………お前、なに飲んでんの」


 味わったことのない味に渋い顔をしたまま、こいつが手にしていた紙パックを指差すと軽井は楽しげに口角を持ち上げながらパッケージを見せてくれた。
 そこに書かれていたのは『アボカド』の四文字だった。


「……次からキスするときはまずパッケージを見せてからにしてくれ」

「ひらちんのそういう顔見たいからそれはムリ」


 そう笑うこいつの腹に一発入れてやろうか、なんて考えたとどうじに授業開始のチャイムが鳴り響いたため席へ戻ろうと最後に校庭を一瞥する。
 大勢いる三年生から少し離れた場所に立っていた白髪の男と目が合ったような気がした。
 確かめようともう一度そちらへ顔を向けようとしたが、教室内に教師が入ってきたため確認することは叶わなかった。




  (終)


6.せめて休憩をください。 top