信じてくれませんか。 前編
あれから俺と風紀委員長は、顔を合わせるたびに人に見つからない場所でスキンシップという名のキスをするようになった。
初めの頃は手首を掴まれ人気のない場所まで連れてこられていたのが、今では顔を合わせたら言葉も交わさず風紀委員長の背中をついて行くようになった。
周りの生徒たちは皆、俺が不真面目だった頃よく風紀委員に怒られていたことを知っているため『またか』と思っているようで、そこは少し安心している。
本当は風紀委員長とキスをしているなんて知られたら、どんな暴動が起きるかわからない。
それほどに風紀委員長という人物はこの学園で人気があるのだ。
そしてそれほどに人気がある風紀委員長と、俺はまたキスをしている。
「はっ……もう、行かないと」
「もう少し」
校舎の一階の階段の裏、ちょっとしたスペースに身を寄せ合いながら俺たちは隠れている。
風紀委員長の左腕が俺の腰を、右手のひらが後頭部を押さえているせいで逃げたくても逃げることができない。
熱い息を吐き出しながら、すでに濡れているお互いの唇を再び重ね合う。
ちゅっ、と高い音を鳴らしながら角度を変えては相手の唇を啄み。
こちらが舌を差し出してみせると熱い風紀委員長のものが俺のに絡みついてくる。
まるで全てを味わうかのような、少しだけ卑猥に感じるその動きに体の芯が熱くなれば慌てて顔を背け、着ていたジャージの袖で自分の口もとを隠しつつ拭う。
「もう、行くって言ってるじゃないですか……」
「自分から舌出してきたのに」
喉で笑いながら放たれた言葉に言い返すこともできず、睨むように風紀委員長を見上げているとなぜか頭を撫でられてしまった。
「じゃあ先に行くな。平江は……もう少ししてからのほうがいいか」
どういう意味だと口もとを押さえたまま風紀委員長を見つめていると、彼は俺の顔を指差しながら『真っ赤』と笑い階段裏から出て行った。
「……真っ赤にさせたのは誰だよ」
そう悪態をついた俺の言葉は誰かに聞かれることもなく消えていった。
* * *
顔の熱がようやく冷めた俺は今、校舎の裏に向かっている。
朝、自分の靴箱に『お昼休みに校舎の裏で待っています』と、名前もなにも書かれていない印刷されたシンプルな手紙が入っていたからだ。
俺への手紙だというのに一緒について来ようとした軽井を制止して一人でここまできたけど、やっぱりこの手紙には違和感がある。
ラブレターにしてはシンプルすぎるし名前も書かれていない。
それにわざわざ手書きではなく印刷されている。
嫌な予感が当たらなきゃいいんだけど、と手紙をパンツのポケットへ押し込みながら校舎裏までやってくると、俺よりも頭一つ分ほど身長の低い可愛い系の男子二人がそこにいた。
俺が姿を現したことに気付いた二人は丸く大きな瞳を鋭くさせながら俺を見る。
面倒ごとになりそうだな、と内心溜め息をつきながら口を開く。
「手紙くれたのは二人?」
二人の制服のネクタイの色は緑。
ということは一年生か。
「平江、なんでここに呼び出したのかわかってる?」
名前を知ってもらえていることに思わず感動しつつも、先輩相手に呼び捨てとタメ口か、とも思った。
「ラブレターかと思ったんだけど」
そんなはずがないとわかっていながらも冗談混じりでそう返答すると、『違う!』『キモい!』など、まるで子犬のようにキャンキャンと吠え始めた。
その姿に実家で飼っている、なぜか俺に向かって永遠に吠え続ける犬のことを思い出せば思わずほっこりと、無意識に一人の男子の頭を撫でていた。
「は?」
「あ」
叫び声を上げながら俺から距離を取る二人。
さすがにその反応はショックだ。
実家の飼い犬に手を噛まれたことを思い出しつつ、撫でていた対象がいなくなり宙に浮いてしまった手を下ろす。
しばらくして、俺に撫でられた部分を懸命に整えていた二人が再び俺を見た。
「帆風先輩だけじゃなくて俺たちにも手を出すなんて!」
「帆風先輩?」
どうしてそこで風紀委員長の名前が出てくる?
まさか俺と風紀委員長がキスしているところを見られた?
「毎日毎日、帆風先輩について歩いてるだろ!」
どうやらキスをしているところを見られたわけじゃなさそうだ。
そのことをほっと短く息を吐き出しながら今の状況を整理する。
どうやらこの二人は風紀委員長のことが好きらしい。
だから毎日のように一緒にいる俺のことが気に入らなくてこの場に呼び出したと。
この学園ではこういうことがよくある。
今みたいに言葉だけで牽制してくるならまだしも、複数人で押さえつけて、ということもあるらしい。
特に生徒会と風紀委員には下心を持って近付くな、という面倒な暗黙のルールがある。
じゃあ向こうから近付かれた場合は?
「だから平江には痛い目にあってもらおうと思ってね」
一人の男子の手がもう一人の男子の着ていた制服に触れる。
ブレザーの中の白のワイシャツを両手で掴んだかと思うと左右に引っ張り、ボタンが数個弾け飛んだ。
その瞬間、服が乱れたほうの男子が辺りに響くほどの悲鳴を上げた。
信じてくれませんか。(後編) top