どう思いましたか。


 謹慎明けの朝、ベッドの上で俺は動けないでいた。
 腰があまりにも痛すぎて立ち上がることができない。
 そしてそんな俺の隣にはパンイチで気持ちよさそうに爆睡している軽井がいる。

 謹慎中、学校をサボったこいつに抱き潰された。
 お互いにご飯もろくに食べず、色々な場所でずっと。
 そのおかげで謹慎中はなにも考えずに済んだ。
 体はボロボロだけど。

 人間とはあんなにも性に貪欲になれるんだなと驚いた。


「軽井、学校に行かないと」


 シーツに手をつき、痛む腰を顔をゆがめながらもゆっくりと体を起こせば未だ爆睡したままの軽井の体を揺さぶってやる。


「あと十分……」

「ちなみにあと十分でホームルーム始まるけどな」


 俺のその言葉に目をカッ、と大きく見開いた軽井に思わず吹き出してしまった。



  * * *



 ホームルームには間に合わなかった。
 それもこれも全部俺の腰のせいだ。
 一歩進むたびに痛みが走る腰に、本気で杖が欲しいと思った。


「お前まで遅れることなかったのに」


 ホームルームが終わり少しの休み時間。
 腰の痛みで座席から立ち上がることのしない俺の机に軽井が座っている。


「でもそうなってんのは俺のせいだし、今日くらい責任取らせてよ」


 お前のせいっていうか、それを受け入れた俺のせいでもあるんだけど。

 でも確かにこいつは朝から俺に甲斐甲斐しかった。
 ホームルームまで時間がないというのに俺が制服を着るのを手伝ってくれたり。
 歩くたびに腰が痛いからと腰に手を添えていてくれたり。
 今だって俺の席まで来てくれた。


「……お前っていい男だよな」

「え、もしかして口説かれてる?」


 キャー、なんて自身の両頬に手を置き相変わらずのわざとらしい反応をする軽井に、いつも通りだ、と少しだけほっとした。


 移動教室では軽井が腰に手を添えてくれたり。
 体育は体調不良ということで休んだり。
 食堂には行けないからと軽井がわざわざ購買に行ってくれたり。
 一緒に買ってきてくれた妙なジュースを軽井に投げ返したりしていたらいつの間にか放課後になっていた。

 しかし、なんというか。


(今日すごく視線感じたのなんでだ……)


 朝から、見られているなと思ってはいた。
 三日間休んでいたからだろうと考えていたが、移動教室などですれ違う人たちに凝視されてしまうとそれが原因ではない気がした。

 部活に入っていない俺は腰を休めるためにこのまま帰ろうと、放課後までお世話してくれる軽井の気持ちに甘えながら一緒に廊下を歩く。
 なんだか辺りが騒がしい気がする。


「あ、やべ」


 隣からそんな声が聞こえた。
 どうしたのかと隣にいる軽井へ顔を向けてみると、なぜかこいつは焦った表情を浮かべていた。
 次いで、前方から三日ぶりに聞く声に俺の心臓は大きく跳ね上がる。


「軽井、逃げるのか」

「に、逃げるだなんてまさか! ひらっちを部屋に送ったら行こうと思ってたんですよ」


 ギギギ、と音が鳴りそうなほど鈍い首を前方へと向けると、こちらを見ていた風紀委員長と目が合った。

 三日前と全く変わらない姿。
 俺を信じてくれなかった人。
 正直に言ってしまうと、会いたくなかった。

 そんな風紀委員長が俺からわずかに視線を下へと向けると、なぜだか彼の眉が少しだけ揺れた。


「その首は……」

「帆風先輩」


 誰に向けての言葉だったのか。
『首?』と思っていると、横から軽井が風紀委員長の名前を呼んだ。


「ひらっちは俺が責任持って部屋まで送りますから。そのあとちゃんと行きますよ」

「お前……」


 わずかに眉間にしわを寄せながらなにか言いたげな風紀委員長の様子を気にしていないのか、俺の腰に手を置いたまま軽井が歩き出す。
 そうなると自動的に俺も風紀委員長の横を通り過ぎてしまうわけで。
 なんとなく背後へ顔を向けようとした俺のあだ名を軽井が呼んだ。


「学校サボったの帆風先輩にバレてんだよな」

「……まあ、バレないわけないよな」


 背後へ顔を向けることをやめて横を見ると、軽井は苦笑しながら俺を見ていた。
 その表情に、俺のせいでサボらせてしまったことに思わず罪悪感を抱き謝罪しようと口を開く。
 だがそこから言葉が放たれるよりも先に軽井が空いている手で俺の首に触れた。


「ひらちん、鏡一回も見てないんだ?」

「朝から視線は感じてたけど……首になにかあるのか?」

「あるよ」


 なにが、と問うよりも早く軽井の唇が俺の耳に触れた。


「俺のつけたキスマークがたくさん」


 ダイレクトに聞こえてきた楽しそうな声に、抱いていた罪悪感は消え俺は謝罪することをやめた。




  (終)


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