また今度しましょう。 後編


 その人は俺の両肩を掴んだかと思うとそのまま力を込め、背後にあるベッドへと俺の体を容赦なく押し付けた。


「な、に」


 肩を掴んでいる手の力が痛く、顔を歪ませながら目の前の人物を見上げると、先ほどまでのやわらかい表情が嘘だったかのように無表情の風紀委員長が俺を見下ろしていた。
 感情の読み取れないその瞳は、恐怖すら感じてしまう。


「ふ、うき……」

「平江」


 低く掠れた風紀委員長の声。
 肩を押さえ付けていた彼の大きな手が俺の左首に触れる。


「首にまた痕が付いてるな」

「そ、れは虫に喰われて――」

「なあ平江」


 お互いの息がかかるほどの距離まで風紀委員長が顔を寄せてきた。


「さすがに虫刺されとキスマークの違いはわかる」


 そのまま右首筋へ顔を埋めてきたかと思うとそこを強く噛み付かれた。
 突然の風紀委員長の行動に驚き、彼の体を引き剥がそうと肩に手を置いてみるが体格差のせいか全く動く気配がない。
 それならばと身を捩ろうとするが肩を押さえ付けられているせいでそれすらもできない。

 風紀委員長がどうして俺にこんなことをするのかわからない。
 正直、怖い。

 首を噛まれている間にシャツのボタンを全て外され、いつの間にか中に着ていた黒色のインナーを胸上まで持ち上げられていた。
 そしてそこを風紀委員長の手が這っている。
 指先が敏感な部分を掠めるたびに体が跳ね、こんな状況なのに反応してしまう自分に内心自嘲した。


「はっ……なんで」


 熱い息を吐き出しながら俺に触れている風紀委員長を見上げる。


「っ信じてくれなかったくせに、こういうことはするんですね」


 彼の瞳が大きく揺れた。
 その瞬間、押さえつけるように体に触れていた手の力が少しだけ緩められ、その隙に俺は急いで風紀委員長の脇をすり抜け距離をとるよう共用スペースに出る扉へと近付く。


「俺もう風紀委員長には迷惑かけないんで、風紀委員長も俺には関わってこないでください」


 後ろ手でドアノブを下げ、開いたそこから逃げるように出て行く。

 つもりだった。

 突然、背後から包み込まれるように強く抱き締められ、身動きが取れなくなり焦る。


「風紀委員長ッ……!」


 殴るしかないのか、と思った矢先、耳元で聞こえた言葉に俺の動きはとまる。


「……悪かった」


 まさか謝られるなんて思ってもみなかった。
 そんな苦しそうな声、初めて聞いた。


「本当はちゃんとわかってた。お前が呼び出されたってことも、なにもしてないってことも」

「う、嘘だ」

「平江は遅刻はよくしてたけど、人に危害を加えるようなことはしない。ちゃんとわかってる」


 ずっと欲しかった風紀委員長からの言葉が胸に沁みる。


「……ごめんな。風紀委員としての仕事はやっぱりお前を傷つけたよな」


 喉が詰まり言葉が出なくなってしまった俺は、せめて反応を、と首を横へ振る。


「嘘つかなくていい」


 背後からのぬくもりがなくなったかと思うと肩を掴まれ、そのまま引かれ今度は前から抱き締められた。


「泣くほどに傷つけたんだよな」


 そう言われ、自分が泣いていることに今ようやく気がついた。
 なにか言いたいのに喉が熱くて話すことができない。
 こんなことで泣いてしまうなんて、子供じゃないのに。

 そう思いながらも鼻をグスグスと鳴らしていると、正面から抱き締めていた風紀委員長の体が少しだけ離れた。
 かと思うと彼の手のひらが涙で濡れた俺の頬を包み込みそのまま顔を上へと持ち上げられる。
 すぐ近くに風紀委員長の顔があった。
 彼の薄い唇が俺の目の下に優しく口付ける。
 何度かそれを繰り返されたあと、誘われるようにお互いの唇が重なり合った。

 重なるだけの口付けから徐々に深く。
 お互いの口内に舌を押し込み絡ませ合う。
 舌先を緩く噛まれ、吸い付かれ、上顎まで舐め上げられ体が跳ね上がる。


「は、あ……」


 しばらくしてようやく唇が離れたかと思うと、背後にあるベッドへ優しく体を倒された。
 先ほど押さえ付けられたときとは違い、恐怖心のない俺は覆い被さってきている風紀委員長を見上げる。


「……風紀委員長は、俺を抱きたいんですか」


 黒のインナーの裾から風紀委員長の手が滑り込み、俺の腰を撫でてくる。
 少しだけいやらしさを感じるその手の動きに思わず体が揺れてしまう。


「ああ、抱きたい」


 自分で聞いておいてなんだけど、そうはっきり返されてしまうと恥ずかしいものがある。


「……それに、軽井も抱いたんだろ」


 突然出てきた予想外の名前に、大げさなほど動揺してしまった。


「な、なっ、なんで、それを」

「あんなに首に痕付けて、責任取るとか言われたらさすがにわかる」


 腰を撫でていた手が徐々に上へと滑るように移動し、先ほど少しだけいじられた場所を指先で擦られる。


「っん」

「それにまた痕付けられてるし……正直妬ける」

「妬けるん、ですか」

「ああ。さっきみたいに理性飛ばすほどにな」


 確かに先ほど押さえ付けてきたときの風紀委員長は逃げ出してしまうほどに怖かった。
 今思い出しても無表情で俺を見下ろす風紀委員長の顔は恐ろしい。
 でも、それくらい俺のことを好いてくれてるって思ってもいいんだろうか。

 同じ場所ばかりを責められ、熱っぽい息を吐き出しながら両腕を伸ばせば風紀委員長の筋肉質な体に抱きつく。


「抱いても、いいです」

「平江……」


 抱きついたまま見上げると、先ほどの無表情とは全く違うやわらかな表情を浮かべている風紀委員長が顔を寄せてきた。
 そしてお互いの唇が重なるまで残り数センチのところで、辺りに響き渡ったチャイムの音。
 慌ててベッドの上に転がっていたスマホを手に取り今の時間を確認すると、どうやら先ほど鳴っていたチャイムは予鈴だったらしい。
 本鈴が鳴るまであと五分しかない。

 まだ昼飯も食べていなかったのに。
 しかも軽井から連絡がたくさん届いていて見るのが正直怖い。
 スマホから風紀委員長へと顔を向けると、彼は自身の顔を手のひらで覆いながら深く息を吐き出していた。


「……悪い。結局飯、食えなかったな」


 素直に謝罪の言葉を口にする風紀委員長を見ていると胸がむずむずするというか、なんだかこそばゆいというか。
 確かに腹は減っているけど、それ以上に得られたものがあったから。


「続きはまた今度しましょうね」


 そう自分から誘ってみると、『煽るな』と髪をぐしゃぐしゃにされてしまった。




  (終)


11.いつか会いたいです。 top