シロクロデイズ〜second day〜
ときどき会話のキャッチボールができなくなることに再び短い溜め息をこぼしてしまうと、向かいに座っている赤嶺の眉がわずかに揺れたことに気がついた。
ポーカーフェイスの赤嶺が少しでも表情を変えるなんて珍しいな、などと考えながら問おうと口を開くが、その口は彼の手のひらによって塞がれた。
「黒滝、俺に合わせて」
何年かぶりに呼ばれた名前。
いつものへらへらっとした笑いではなく真剣な表情を浮かべている赤嶺。
それとどうじにファミレスに新たに客が入ってくることがわかった。
「見たら駄目だ」
有無を言わせない強い口調に、出入り口へ移しかけた視線を彼へと戻す。
すると彼はいつの間にか、いつもの笑いを浮かべながら俺の口を塞いでいた手でメニューを捲っていた。
「……赤嶺」
「んー? あ、来た来た」
嬉しそうな声を上げる赤嶺に視線を上げると、先ほど逃げるように去った店員の姿が。
『お待たせ致しました』なんて言いながら、赤嶺が注文した麺系やデザートを全て同じ時間に置いていったのはちょっとした嫌がらせだったんだろうか。
まあ、赤嶺はそんなことを気にしていないみたいだけれど。
「って、本当にハートだしな、意味わかんねぇ」
スプーンを手に、ハートの描かれたオムライスを見下ろしそう呟いてやると、『黒滝』と名前を呼ばれたため顔を上げてみる。
するとそこには満面の笑顔を浮かべながら、丸々一本のバナナが刺さったフォークを手にしている赤嶺が。
「赤嶺」
「黒滝の大っ好きな俺のバナナだよ?」
「赤嶺」
「ほら、その口を開けて俺のバナナを喉奥まで頬張って? あ、食べながらでいいから『赤嶺のバナナすごく美味しい』とか言って――」
「おい」
突然、俺のでも赤嶺のものでもない声がすぐ近くから聞こえた。
思わず顔を上げてしまいそうになったが、赤嶺の言葉を思い出し視線は彼に向けたまま。
聞き覚えのある声。
視界の端でチラチラと見える金色のもの。
なぜ、この男がここにいる。
「あっれー、総長じゃん。白柳との話は終わったの?」
「ああ。つーか誰だ、ソイツ」
早速かよ!
と声を上げてしまいそうのなったのも束の間、
赤嶺の口から放たれた言葉に俺は動きをとめることしかできなかった。
「俺の恋人。デート中だったんだから邪魔しないで欲しいんだけどー?」
「へえ、遊び人のお前に恋人ね? なに、ケツの具合でもいいのか?」
俺の座っていたソファが少しだけ沈み、軋む音を立てた。
なぜか?
そんなこと考えなくたってわかる。
総長――金久保が俺の隣に座ったからだ。
「総長、なんで俺の大事な恋人の隣に座るのかなー?」
「興味本意に決まってるだろ。つーかお前、こんな普通野郎のどこがいいんだ?」
視線を赤嶺に向けているため目は合わないが、隣からビンビンと顔に向けて視線を感じる。
(普通野郎とか、失礼なやつだな)
内心、そう悪態をつくと赤嶺は俺にバナナを向けたまま空いている手でラーメンを食べ始めた。
そんな彼に釣られるよう、バナナはスルーし渇いていた喉を潤そうとグラスに注がれていた冷えた水を喉へと流し込む。
「えー、そんなの総長には関係ないっしょ? それに総長の目から普通に見えても俺の目からは可愛く見えるし」
『ね?』なんて、金久保に向けていた視線を俺に戻したかと思うと、いつもとは違うやわらかな微笑みに思わず飲んでいた水を吹き出しそうになれば慌てて飲み干すが、気管に入ってしまったらしく咳き込んでしまった。
咳き込むことでいっぱいいっぱいになっていた俺は、自分に伸ばされている手に気がつかなかった。
未だに咳き込んでいるというのに、俺のものではない誰かの手が俺の顎を掴んだ。
かと思うとそのままグルリとまわされ、なぜか今、俺の視界には金久保の顔が映っている。
突然の出来事に頭が働かず、相手が視線を外さないためついつい俺もじっと見つめてしまった。
なぜか徐々に近づいてくる金久保の顔。
赤嶺の声が、遠くに感じた。
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