シロクロデイズ〜second day〜


 甘い匂いがする。

 ちゅっ、という小さな音を立てながら唇に触れていた温かなものが離れた。
 伏せていた目をゆっくりと開くと、何が起きたのかびしょ濡れになっている金久保の姿が。
 その彼の睨むような視線を辿ると、そこにはメロンソーダの入っていたグラスを手にしている赤嶺がいた。

 なるほど。
 だから甘い匂いが漂っていたのか。


「あっちゃー、手が滑っちゃった。総長、めんごめんご」


 ウインクをしながら、まるで語尾に星が付きそうなほど軽い謝罪に、甘い匂いを漂わせている金久保から黒いオーラを感じ取った。


「お前、ふざけんなよ?」

「それは俺のせりふー。恋人だって何回も言ったのにチューするとかさぁ」

「だから興味本意だっつっただろ。つーかお前、黙ってないでなんか言えよ」


 手の甲で今だやわらかな感触の残っている唇を拭っては、二人の会話に耳を傾けながら手にしたままのスプーンでハートの描かれたオムライスを食べようとしたときだ。
 突然、二人の会話がとまった。
 何事だとオムライスに向けていた視線を上げてみると、赤嶺はグラスを手にしたまま俺を見ていた。


「……は?」


 恐る恐る、顔を隣へ向けてみると金久保までもが眉間に皺を寄せたまま俺を見ていた。


「え、お前って俺のことか?」

「お前以外に黙ってるやつ誰がいるんだよ」


 辺りを見渡してみるが、今は平日の昼間。
 客なんているはずもなく、今この店にあるのは俺たちの姿だけだ。
 その証拠に、先ほどちょっとした嫌がらせをしてくれた店員は少し離れた場所で暇そうにアクビをしている。


「えーっと?」

「お前、キスされてなにも思わないのか?」

「いや、なにも思わないっつーか。あんたゲイなのか?」


 金久保がゲイ。
 もしそうだとしたらすごい情報だ。
 これは絶対に高値で売れる。

 なんて、そんなことを考え一人でほくそ笑んでいると突然、脳が麻痺してしまいそうなほどの痺れが俺を襲った。
 目を見開き、痺れの感じる下半身へ顔を向けてみると、中心に添えられている自分のものではない手がそこを揉んでいる。


「え、なにしてんだよっ」

「ゲイだって言ったら? 奉仕してくれるのか?」

「あんた、本当に――」


 中心を擦り上げる手の動きがとまらない。
 ゾクゾクと、体の底から込み上げてくる熱いものに、さすがにマズい、と熱っぽい息を吐き出したときだった。

 視界の端からなにかが飛んできたことがわかる。
 金久保はそれに気がついていないらしく見事それは彼の頭に直撃し、いい音を奏でながら割れた。
 パラパラと、破片が俺の太ももにも降ってくる。


「俺のものに手を出すなって言ったよねぇ?」


 いや、それは言ってない。

 そう言葉を放とうと口を開きかけるが、赤嶺のいつものへらへらっとした笑いにがどこか黒いもののように見えたため口を閉ざした。
 すると、甘い匂いと一緒に漂ってくる鉄の臭いに気がつく。
 赤嶺から、その臭いを漂わせている金久保へと顔を戻すと、彼の額から赤いものが伝っていた。


「テメェ……」


 マズい。

 なにがマズいって、もちろん赤嶺がファミレスのグラスを割ったというのもあるが、ここで殴り合いが起こりそうだからだ。
 警察沙汰になるなんて、そんなの御免だ。


「赤嶺、さすがにやり過ぎだ。謝れ」

「えー、なんで? 俺、黒滝のためにやったのに」

「それはわかってる。でもさすがにやり過ぎだろ、店員だって驚いてる」


 目を見開きながらこちらを見てる店員へチラリと視線を送ってから、そばに置かれている手拭きのタオルで金久保の額を伝っていた血を拭ってやる。
 と、今にも飛びかかりそうな雰囲気を醸し出していた彼は驚いたように、赤嶺を睨んでいた目で俺をとらえた。


「あんたも、ゲイだかバイだか知らないけど普通野郎の俺に手を出したってつまらないだけだろうが」

「……お前、本当に赤嶺と付き合ってんのか?」


 普段の彼らしくもなくボソボソと放たれた言葉。
 傷口にタオルをあてがったまま視線だけを赤嶺へ移すと、彼は首を上下に振っていた。
 その様子に小さな溜め息をこぼしながら視線を戻しては、ゆっくりと口を開く。


「いや、付き合ってない。そもそも俺はノーマルだしな」


 そう言葉を放った数秒後、なぜだか深い溜め息が聞こえた。
 視界の端で赤嶺が頭を抱えていることがわかる。


「ならお前に手を出しても責めるやつはいないってことだな」

「……は?」


 なにがどうしてそうなった。


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