シロクロデイズ〜third day〜


――――

「あっれー? 今日はクロちゃんクロちゃん言ってるあのアホはいねぇのか?」


 桜が散り、俺を含む中学校に入学したての一年が学校に馴染み始めていた時期だ。
 一緒に登下校し、いつも引っ付いていた赤嶺が『限定のイチゴミルク買ってくる!』なんて目を光らせ、制服を着たまま校門を飛び出していったのを屋上から見送った数分後だった。
 柄の悪そうな男が三人、無駄に大きな音を立てながら屋上へのとびらを開いた。

 男たちが誰なのか俺にはわからない。
 けれどきっと、普段から騒がしい俺と赤嶺を敵視している奴らだということに変わりはないだろう。


「先輩たち、屋上に用事か?」


 面倒だ、と小さな溜め息をこぼしながらそう尋ねると、歩み寄ってきていた一人の男が突然、腕を振り上げた。
 喧嘩を得意としない俺はそれを避けることすらできず、加減を知らないその拳は俺の頬を殴り付けた。
 ガシャン、とフェンスが大きな音を立てる。


「『用事ですか?』だろ。後輩の癖に舐めた口利くんじゃねぇよッ!」


 フェンスに背中を預けている俺には左右のどちらかしか逃げ道はない。
 だが、数少ないその逃げ道を残りの二人が塞ぐ。

 おいおい、汚いやり方だな。


「三人で一人を壁に追い詰めて、そうまでしなきゃ勝てないのかって――ッ!」


 一人の男の手が俺の前髪を掴み、今度は逆の頬を殴ってきた。
 それを合図に残りの二人の手が俺の体を殴り、蹴る。

 鼻が痛い。
 口の中に鉄の味が広がっている。

 痛みで閉じていた目を薄く開くと、楽しそうな笑みを浮かべている三人が。
 狂ってやがる、と言葉を放とうと開いた口からは呻き声しかもれなかった。


(てか、赤嶺はどこまで行ったんだ!)


 開かれままの目を再び閉じては、体全体に感じる痛みに深く眉間に皺を寄せながら内心そう叫ぶ。
 しかし叫んだところで赤嶺が戻ってくるほどこの世界は都合よくできているはずがなく。

 ただ長い時間が流れた。


「コイツ、泣きもしないしつまんねぇな」


 一人の男がポツリと呟いた。
 その呟きが聞こえたのか、他の二人は動きをとめ続く言葉を待っていた。


「もっと痛め付けてみるか」

「……おい、それはさすがにヤバイだろ」

「あ? 別に殺すって言ってるわけじゃねぇんだ。なんだよ、ビビってんのか?」

「いや、そういうわけじゃねえけどっ」


 一体なんの話をしている?

 コンクリートの上に倒れたまま、痛む体にギリッと奥歯を噛み締めながら顔だけを持ち上げる。
 なにやらキラリと光るものが目に入った。


「うわ、ナイフとか犯罪じゃないですか。ちょっと警察でも呼びましょうかねー」


 新たに聞こえた声に、ここにいた四人全員が反応を示した。
 しかし慌てているのは目の前の三人だけで、カランッという乾いた音やとびらの閉じられる大きな音が響いた。
 複数の足音が徐々に遠くなっていくにつれて、近づいてくる別の足音が静かな辺りに響く。


「おい、大丈夫か?」


 掛けられた言葉。
 俺の顔を覗き込む白狐のお面を被った男。

 なんだ、この男は。


「そんな顔するな。殴られて不細工になってる顔がさらにすごいことになってるぞ」

「……あんた、誰だ?」


 腫れ、満足に動かない口からなんとか言葉を放つと、お面の向こうの目がわずかに開かれたことに気がついた。
 だがお面を被っているせいかなにを考えているのかわからない。


「知らないなら好都合。俺のことはシロって呼べよ」


 これが四年前に出会った名前の知らないあの人との、俺にとっての『白狐のシロ』との出会いだった。


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