シロクロデイズ〜fourth day〜

第四話「fourth day」


 眠れなかった。
 ベッドで横になり、天井を見上げていたらいつの間にか朝になっていた。
 カーテンの隙間からもれる太陽の光が眩しい。


「……シロ」


 俺の名前であって、俺の名前じゃない。
 三年前に姿を消したあの人は白柳先輩の兄で、今現在、病院に入院している。

 会いたい。
 胸の奥が締め付けられるほどに会いたい。

 でも俺はあの人がどこに入院しているのか知らない。
 三年前から一度も出てこなかった情報だ。
 きっと白柳先輩に聞くしかないのだろう。

 俺の、情報と引き換えに。

 寝不足で重い体を起こし、白狐のお面を被った俺は、あの人の言葉を思い返していた。


『情報屋として生きていきたいなら仕事をするときはこのお面だけは絶対に外すな』


 悪い、シロ。
 その約束はもう守れそうにない。

 溜め息にも似た息を深き吐き出した俺は、勢いよくベッドから飛び降りた。






 最近、よく屋上に来ている気がする。
 まるで四年前に戻ったみたいだ。
 けれど四年前と違うのは、屋上にいる人物があの人じゃないということだ。


「白柳先輩」


 あの人の面影を持つ先輩は、フェンス越しの街並みを見つめていた顔をこちらへ向けてくれた。
 先輩の真っ白な髪が風に踊らされ、純粋に綺麗だと思った。


「先輩、条件を出していいですか?」

「……その条件にもよるけど、なんだ?」


 屋上から出るとびらの前に立ったまま、俺は口を開く。


「先輩のお兄さんの入院先と、そのお兄さんと金久保さんの関係。それが先輩から出して欲しい情報の条件です」


 ようやくゆったりとした速度で歩みを進め、先輩の隣に立ち見上げながらそう言葉を続けると、彼は小さく笑った。


「ならシロから出してくれる情報は?」


 彼の手が、ゆっくりと俺の顔に伸ばされる。


「……俺の、素顔です」


 その瞬間、視界が広くなった。
 そしてなぜだか息苦しい。
 白柳先輩に抱き締められているんだと、気づくのにそれほど時間はかからなかった。


「黒滝……」

「なん、で俺の名前」

「俺の兄がよくお前の話してくれてたからな」

「それって、元々俺の正体を知ってたってことですか?」


 お面を取られたというのに敬語で話してしまうのは、この二年間がそうだったから仕方がないと思う。
 俺を抱き締めている彼の腕がわずかに緩まれたかと思うと、顔を覗き込まれため視線を外してしまった。

 なんだか、改まって顔をあわせると照れ臭いものがあるな。


「お前を騙すようなことをして悪い。でも二年前、会ったばっかの俺に『お前の正体を知ってる』なんて言われても信用しねえだろ?」

「それは、確かに」

「だから長く一緒にいて信用してもらって、そのあとにキリのいいところで話そうと思ってた」


 で、その通りになったってわけか。


「ところで、俺はいつまで抱き締められてればいいんですか?」

「俺はさ、アイツから黒滝の話を聞かされてずっとお前のことが気になってたんだ」


 無視か。


「どんな奴がアイツになつくんだろうって、お前のことばっか考えてた」

「……先輩?」

「なあ黒滝、俺はゲイでもないしバイでもねえ。でも俺の中にずっといたのはお前なんだよ」

「ちょっと、せんぱ――」


「お前が好きだ」


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