シロクロデイズ〜fourth day〜


 白柳先輩の手が俺の頬に添えられ、ゆっくりと顔を近づけてくる。
 抵抗したいのに動けないのは、あの人の面影を感じているせいだろうか。


「……黒滝」


 唇に、息がかかる。
 艶っぽく放たれた声に、背中がゾクゾクする。

 先輩の目がゆっくりと閉じられ、釣られるように俺自身も瞼を下ろした。


「それ以上したら白柳でも殴っちゃうよー?」


 突然、耳に入った聞き慣れた声。
 閉じてしまった目を勢いよく開き、すぐ傍にある白柳先輩の顔から逃れるように後ずさる。
 先輩も突然の乱入者に驚いたらしく、抱き締めていた腕の力が緩まれていたため簡単に離れることができた。

 そこでようやく声の聞こえたほうへ顔を向けてみると、相変わらずのへらへらっとした笑いを浮かべながら屋上を出るとびらに寄りかかっている赤嶺の姿が。
 笑っているのに笑っていないように感じるこのデジャヴはなんだろうか。


「ねえ、白柳。クロちゃんに手を出していいとか思ってる? 手を出したらどうなるか……わかってるよね?」

「……赤嶺、お前だって黒滝に手を出してただろ」

「俺は出してないよ。ましてキスなんてしたこともない」


 こいつらはいったいなんの話をしているんだ。
 とりあえず俺にとっていい話ではないということだけはわかる。


「それはどうだかな。幼馴染みって立場を利用して色々教えたりしたんじゃねえの?」

「それは確かにね、羨ましいっしょ? クロちゃんに初めてエロ本を見せたのは俺だし、オナニーを教えたのも――」


 歩み寄ってきた赤嶺の腹を、思わず本気で殴ってしまった。

 確かに間違っちゃいない。
 だけどそれを人に話すバカがどこにいる。

 ……ここにいたな。


「おい、やっぱり手を出してんじゃねえか」

「あたた……でも小学生の頃だったし、セーフセーフ。でも残念だね、白柳はクロちゃんにもうなにも教えてあげられないんだよ」

「お前っ」

「わー! 待て待て! ストップ!」


 今にも殴りかかりそうのほどの敵意をむき出しにした白柳先輩に本気で慌ててしまえば、そう声を張り上げてしまう。

 なんだなんだ。
 赤嶺と金久保の仲がよくないのはわかってはいたけど、この二人もそうなのか。


(ならなんでつるんでるんだ、コイツらは)


 内心、深く溜め息をこぼしてから睨むように赤嶺へ顔を向ける。
 だが彼はいつも通りの笑顔を浮かべたままだ。


「赤嶺、言ってもいいことと悪いことがあるって知ってるよな?」

「……へえ。なに、クロちゃんもしかして白柳に惚れてるの?」

「誰もそんなこと言ってないだろ」


 視界の端で白柳先輩がこちらを見たことがわかるが、気にしないでおこう。


「惚れてる惚れてない関係なしに、オナニーを手伝ったとか普通は言わないだろ」

「オナニーを手伝ったとは言ってないよ?」


 訪れた短い沈黙。
 赤嶺から視線を外し、青空を見つめながらぼんやりと考える。

 確かに、オナニーを教えたとは言っていたけれど手伝ったとは言ってなかったな。


「……白柳先輩、聞かなかったことにしてください」

「それは無理だ」

「でしょうね」


 一度、軽く頷いてから再び赤嶺を睨んでは、その視線を先輩へと移す。
 すると彼は未だ、俺を見下ろしていた。
 そんな先輩に手を差し出しながら『お面』と言ってやると、彼の眉がわずかに揺れる。


「黒滝」

「はい?」

「お前が俺のことをどう思っててもいいけど、俺がお前のこと好きだってのだけは忘れないでくれ」

「……忘れたくても忘れられないですよ」


 俺の呟きが耳に入ったらしく、満足げな表情の白柳先輩からようやくお面を返してもらえた。
 そのことにわずかに表情を緩めた俺はそのお面を被り、シロとなり先輩へと再び顔を向けた。


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