シロクロデイズ〜fourth day〜
――――
目の前に金久保がいる。
そして今、俺がいる場所はいつものバーだ。
どうしてこんなところにいるのか、ぼんやりとする頭のまま考えてみる。
病院を出たあと、ポケットに入れていた携帯も取り出さずにふらふらとした足取りでさ迷い歩いていたら、辺りに屍をつくっている金久保を見つけた。
彼は俺の姿に気がつくと屍の山を踏み歩き、俺の頭を掴みそのまま引きずられた。
そして今バーにいる、と簡単な話なわけだ。
「おい」
「……はい?」
返事を返したと言うのに、訪れる短い沈黙。
この男はいったいなにをしたいんだ。
いや、もしかしたら俺自身の態度がいつもと違うのかもしれない。
考えてみれば金久保に話しかけられるまで無言を貫き通していた気がする。
落ち着け。
そして、ポーカーフェイスを保て。
「どうしました? あ、もしかして黒滝さんの情報ですか?」
「……ああ、そうだ」
怪訝な表情を浮かべる金久保の様子には気づかない振りを。
そして話せる限りの俺の情報を提供しようと、口を開く。
「黒滝さんは幼馴染みの赤嶺さんと同い年の二年生。一人っ子で、両親は不運の事故でもういない」
「もういない?」
「ええ。俺の入手した情報だとそうなってます。で、好きなものがバナナ系の食べ物や飲み物で、嫌いなものが苦いものと冬、だそうです」
「ちょっと、聞いてもいいか」
あとはどの情報を提供しようか、などと考えながら言葉を続けていると、金久保がそう口を開いたため今度はこちらが口を閉ざす。
「お前、なんかあったのか?」
予想外の言葉に、目の前の男に気づかれないほど小さく目を開く。
「……黒滝さんの話をしていたのにどうして俺の話になるんですか?」
「お前が変だからに決まってるだろ」
ポーカーフェイスを保てていたと思っていたのに、保てていなかったのか。
全く、シロの影響力はすごい。
わずかな表情の変化も見られないように俯き、自嘲にも似た笑みを浮かべて数秒。
短く息を吐き出してから顔を上げては、未だ怪訝な表情を浮かべている金久保を見る。
「先払いの報酬はお返しします。なので、その代わりに情報をください」
「情報、だと?」
「はい。金久保さんと白柳先輩の兄との関係について」
シロとしての微笑みを浮かべながらそう言葉を放つと、目の前の男は息を呑んだ。
なにを思ったのかはわからない。
わかるのは、俺が無茶なことを言っているということだ。
「……白柳から聞いたのか?」
「先輩の兄が白狐のシロだったというのは聞きました」
「お前、もしかして――」
「金久保さんが病室に来たとき、実は俺もいたんです」
ここまで話してしまえばもう隠す必要もないと、病室にいた事実を伝えると金久保は深く息を吐き出しながら項垂れた。
こんな姿の彼を見るのは初めてかもしれない。
そんなことを考え、訪れる短い沈黙を待つと目の前の彼はゆっくりと顔を持ち上げた。
「……全部聞いたのか?」
「シロと金久保さんが俺を助けたっていうのは聞きました」
深い溜め息が再び辺りに響いた。
次いで、金久保は天井を仰ぎ見る。
「俺はなにから守られたのかもわからないんです。それにシロは今あの状態」
「……俺はアイツと――総長と約束をした。あのことは絶対に誰にも話さないってな」
「そう、ですか」
「ただ一人を抜かして」
俯きかけた動きが、続いた言葉によってとめられる。
「お前が聞いてきたら話してやってくれって、総長はそう言っていた」
下ろしていた視線を持ち上げ金久保を視界へ入れると、彼は鋭い目を俺に向けていた。
憎しみが見え隠れしている深い黒色をしたその瞳に、俺はただ息を呑むことしかできなかった。
そんな俺に気づいているのかどうなのか、スッと視線を外したかと思うとゆっくりと口を開いた。
「もう気づいているとは思うが、俺の前の総長が白柳の兄で白狐のシロだった」
俺の知らないシロが、金久保の口から語られていく。
「お前と出会ったときにはすでにもう総長は他の族から狙われていた。族の総長ってだけでも恨まれるのに、アイツは情報屋だったからな」
「情報屋は、嫌われる」
「そういうことだ。お前は知らないだろうが全盛期の白狐のシロはすごかった。いったい何人、退学にするんだよって俺でも思ったくらいだしな」
確かにそれは知らなかった。
そうなると入学式のときの噂はあながち間違ってはいなかった、ということになる。
「そうやって人の恨みをたくさん買ったやつに大切なやつができたらどうなると思う?」
「……まさか」
「古典的だが、それをネタに脅された」
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