シロクロデイズ〜fourth day〜
『なあ、シロはなんで俺と一緒にいてくれるんだ? 情報屋の仕事だって捗らないし、邪魔だろ?』
『邪魔だと思ったことは一度もないが……なに、邪魔だって言って欲しいのか?』
『いや、それはない。邪魔じゃないって思ってくれてるなら、よかった』
『……お前こそ、俺と一緒にいて退屈じゃないのか?』
『退屈だって思ったことは一度もないけど、退屈だって言って欲しいのか?』
『お前な……』
『ははっ、ごめんごめん。でも本当、退屈だって思ったことはないんだ。シロと一緒にいるのが、好きだ』
『俺も、お前といるのが好きだ』
「し、ろ……」
腕を天井へ伸ばした体勢で目が覚めた。
いつの間に眠っていたのか、痛む頭を押さえながらゆっくりと体を起こすと、まだバーの奥の部屋にいたことがわかる。
そして視界が広いことに気がつき自分の顔に触れてみると、なぜかお面を被っていない。
辺りを見渡してみるが人の姿はなく、テーブルの上にポツンと白狐のお面が置かれていた。
ほっと安堵の息をもらしながらそれを手に取っては、静かに見つめる。
俺はもうこのお面を被ってポーカーフェイスでいられる自信がない。
そもそも、俺にはこのお面を被る資格がない。
「……俺のせい、だったんだな」
金久保が俺を嫌うのも、無理はない。
白柳先輩が俺に対して普通に接してくれているのは、きっとシロが脅されていたことを知らないからだ。
シロは金久保にだけ本当のことを話し、兄弟でもある先輩をも騙した。
その理由は俺にはわからないけれど、きっとなにかしら意味があるんだろう。
「駄目だな。なにもやる気が起きない」
「シロ、起きたのか?」
深く息を吐き出しながら再びソファへ沈むと、聞き覚えのある声がとびらの向こうから聞こえたため、お面も被らずそちらへ顔を向ける。
どうじにとびらは開かれ、そこから白柳先輩が姿を見せた。
俺と目が合うと彼はわずかに表情を緩めながら後ろ手でとびらを閉じ、近づいてくる。
「黒滝、体調はどうだ?」
「大丈夫です。でもなんか、すみません」
「お前が謝るようなことじゃねえだろ」
そう言葉を続けながら俺が頭を載せている肘置きのほうへしゃがみ込んできたかと思うと、先輩の大きな手がクシャリと俺の頭を撫でた。
その心地よさにわずかに目を伏せる。
「金久保は、今どこに?」
「さあな。俺がここに来たらアイツは出ていった。またどっかフラついてんだろ」
頭に手を載せたまま、小さな溜め息をこぼしながら放たれた言葉に伏せていた目を持ち上げ逆さに映る先輩の顔を視界に入れる。
眉間に皺を寄せ、なにかを考えているようだ。
しかしこう、間近で見ると今まで気づかなかったことが不思議なくらいシロに似ている。
性格や声は似ていない。
けれど顔の形や切れ長の瞳、この薄い唇だってあの人にそっくりだ。
「……黒滝?」
「あ、……すいません」
無意識に先輩の顔に触れていた。
シロのことが恋しいのだろうか。
謝罪の言葉と共に先輩に触れていた手をゆっくりと離すと、なぜだか逆に頭に触れていた彼の手が俺の手首を掴んだ。
腕を振ればほどけるほど弱い力。
それでも俺は振り離そうとは思わなかった。
「そんなにアイツに似てるか?」
切なげに細められる瞳。
そんな動きですらあの人と重なって。
否定しなければいけないと頭ではわかっているのに、唇を動かしても音が出てこない。
しばらくすると痺れを切らしたのか、俺の手首を掴んだままだった手が離れ、流れるように俺の両目を塞いだ。
視界が真っ暗でなにも見えない。
でも暗闇の中、あの人の姿が浮かんでくるようだった。
「……シロ――っ」
名前を呟いた瞬間、なにかやわらかいものが俺の唇を塞いだ。
視界を塞がれているためその様子を見ることはできないが、なにをされているのかは大体わかる。
重ねるだけの、啄むだけの優しいものに抵抗する気すら起きなかったのは、切なかったからだろうか。
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