シロクロデイズ〜fourth day〜
『金久保からなにを聞いたのかは聞かねえ。でももし黒滝が話してもいいって思えるときが来たら、話してくれよ?』
白柳先輩は俺のせいでシロが入院していることを知らない。
もし知ったら先輩はきっと金久保のように俺を嫌い、離れていくことだろう。
バーを出て数分。
すでに外は暗くなっており、街灯を頼りに夜道を歩いてた。
被っていたら白狐のお面を外しながら自分が住んでいるアパートの階段をのぼり、ポケットから鍵を取り出しつつ顔を上げるととびらの前に誰かが立っていることに気がついた。
「クロちゃん」
「……赤嶺か?」
辺りが暗いから誰がいるのかわからないが、こんな呼び方をする奴は一人しかいない。
俺の幼馴染み、そして親友でもある赤嶺だ。
「おかえり」
「お前、なんでこんなところに」
「クロちゃんに話したいことがあったから」
どこか真剣味を帯びた声に、疲れたからもう寝る、なんて断ることができなかった。
一度だけ頷き、鍵を外しては室内へと赤嶺を招き入れる。
散らかっているわけではないが殺風景な部屋に置かれているモノクロのベッドへ腰を落ち着かせては、その上に転がっていたクッションを赤嶺へ放る。
見事それをキャッチした彼はそれを座布団代わりに、俺の向かいのテーブル越しの床へと座った。
「で? そんなに大事な話なのか?」
「んー、そうだね。クロちゃん、もう色々と知り始めたし、話したほうがいいかなって思って、……俺の役目を」
部屋に入る前に外したお面に傷をつけないよう、そっとベッドへ置くととうじに放たれた赤嶺の言葉に、そちらへ視線だけを向けるがその表情に思わず息を呑んだ。
いつものヘラヘラっとして笑いはどこへやら、真剣な表情で俺を見つめていた。
「俺はあの人に頼まれたんだ。クロちゃんを守るようにってね」
「あの、人?」
「傷つかないように、誰にも触らせないようにって。まあ総長にキスされたの見たときはかなり焦ったけどねぇ」
俺の呟きが華麗にスルーされたが気にしないでおこう。
あと白柳先輩にもキスされたことは言わないでおいたほうがよさそうだ。
「クロちゃん、四年前っていったらなにを思い出す?」
「四年前っていったらそりゃ、シロと出会ったときのことに決まってる」
四年前、赤嶺が限定のイチゴミルクを買いに行っているあいだに起こった出来事だ。
今思うとあのとき赤嶺が戻ってきたのはシロが屋上を出ていってすぐだったような。
「あの日、俺もあの人に出会ったんだよねぇ」
さっきから赤嶺が言っている『あの人』とは誰のことだ?
いや、本当は誰なのかわかっている。
わかっているのに頭がそれを認めようとしない。
だって。
どうして。
あんなにも近くにいたのになにもわかってなかったなんて、そんなこと信じたくなかった。
「あの日、屋上に出たときクロちゃんが倒れてた。だからクロちゃんをこんなふうにしたのはさっきすれ違った奴なんだって、次の日に問い詰めた」
「それで、どうしたんだ?」
「もちろん違うってことはすぐにわかった。でも、だからこそ、クロちゃんを助けてくれた恩人だからこそ、俺はあの人のチームに入った」
ここ数日、どうして赤嶺が不良のチームに入っているのか気になっていたが、そういう理由だったのか。
というか、また俺が原因なのか。
「俺がチームに入ってあの人から与えられた役目、それがクロちゃんを守ることだった」
金久保の話と赤嶺の話で、あの人がどれだけ俺を大事にしてくれていたのかがわかった気がする。
「まああの人に言われなくてもクロちゃんのことはずっと守っていくつもりだったけどねー」
そこでようやくいつものヘラヘラっとした笑いを浮かべる赤嶺に釣られるように口元に笑みを浮かべるが、すぐに目を伏せ小さく口を開く。
「なんで今まで教えてくれなかったんだよ」
「だってクロちゃん、守られることを嫌ってるっしょ?」
「それは、確かにそうだけど」
「守られるのを嫌うどころか、守られてるってわかったらその人から離れちゃうもんねぇ」
だって、嫌じゃないか。
守ってもらって借りをつくることも。
守ってもらってその人が怪我をすることも。
守り疲れてその人が離れていくことも。
守ってもらっていいことなんて、大事にされてるってことがわかるくらいだ。
「クロちゃんって、バカだよねー」
「……は?」
「ほんっと、バカ。おバカさん。でもそんなとこも愛しいよ」
「お、まえ、俺が真剣に――」
「守られるだけが嫌ならクロちゃんも守ってやればいいんだよ」
「俺が、守る?」
「そう。その人に借りも怪我も、離れさせたくないならクロちゃんが守ってあげればいい。そうすればほら、全部が解決」
俺が誰かを守るなんて、そんなこと考えたこともなかった。
シロのことだって、俺があの人から離れればずっと眠ることもなかったんだと、そう考えていた。
けれどもし俺にシロを守りたいって気持ちがあったとしたら?
そうしたら俺はきっと――いや、絶対にチームの制裁なんて与えさせなかった。
俺も守るからって、脅してきた奴らに立ち向かったはずだ。
「……俺のバカ」
深く、溜め息混じりに息を吐き出しながら天井を仰ぎ見る。
先ほど赤嶺にも言われた言葉をポツリと呟くと、彼が小さく笑ったことがわかるが笑われても仕方のないことだからなにも言えない。
数秒の間、天井を見上げては再び顔を赤嶺へと戻す。
「赤嶺、俺もお前を守るよ」
白柳先輩だって守るし、シロが意識を戻したらシロだって守りたい。
そう言葉を続けると、赤嶺は一瞬だけ目を丸くしたあとヘラヘラといつもの笑みを浮かべてくれた。
そんな彼に釣られるよう、俺はようやく作り物ではないちゃんとした笑顔を浮かべることができた。
第四話 完
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