シロクロデイズ〜fifth day〜
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さて、困ったものだ。
潰してやるぜー、と意気込んだものの脅した奴が誰なのか、情報をどこから頂けばいいのか。
金久保のチームの情報自体あまり流れてくることがないため、ネットなどで調べても意味がないことだろう。
この俺でもチーム内の情報はわからず、金久保ただ一人の情報しか手に入らないのだから、そのチームの元総長を巻き込んだ事件なんてそんな簡単に手に入らないはずだ。
チームの総長の金久保に聞けばいいのだろうが、『なんで知りたいんだ?』と聞かれることが面倒だ。
まあ、それでも――、
「……お」
俺自身がチームに入ったことで情報がポロポロとこぼれてきたことは助かる。
白狐のお面を被りながら行くあてもなく歩いていると、いつものバーの前でカラフルな頭をした男が二人、談笑していた。
一度も話をしたことがないし見たこともないが、バーの前にいるということはきっとこの二人も不良なのだろう。
「あの、ちょっといいですか?」
「あ? っと、シロか」
近付き声をかけると、まるで白柳先輩のように白い髪をした背の高いほうが一瞬ドスの利いた声で返すが、声をかけたのが俺だとわかるとすぐに声色を和らげてくれた。
かと思うと背の高い人の陰に隠れていて見えなかったもう一人の、青い髪の男が横から顔を覗かせてきた。
「秀和(ひでかず)さん、知り合いっすか?」
「いや、俺も初めて会った。つか遼(りょう)、シロの噂聞いたことないのか」
「ないっすね。俺は自分のことでいっぱいいっぱいなんすよ」
「だろうな。……っと、悪い。で、どうした?」
また談笑し始めた目の前の二人に、声をかける相手を間違えただろうか、と後悔していると、そんな俺の空気を読み取ってくれたらしい秀和、と呼ばれたほうが再び俺に話を振ってくれた。
そのことに、いい人だ、と感動を覚えながらも口を開く。
「あなたたちは三年前の出来事を知ってますか?」
そう尋ねた瞬間、秀和の顔色が変わり、隣にいたもう一人の遼と呼ばれた俺と同じくらいの身長の男は話がわからないらしく瞬きを繰り返した。
「ああ。金久保の前の総長が裏切りを起こして制裁されたって話だろ」
「本当にそうだと思います?」
「……どういうことだ?」
もしこの人が、三年前の本当の出来事を知らないのであれば、今から俺の話すことは情報の流出になる。
そしてそのことを金久保にバレたら、制裁の対象だ。
二分の一よりも確率の低い賭け。
「もし裏切りを起こしたのではなく、誰かに脅されていたんだとしたら?」
その問いに対しての表情の変化はない。
一体なにを考えているのか、さすがの俺でも頭の中まではわからない。
真剣な表情を浮かべたまま、口も開かずにじっと視線だけを合わせていると、秀和の隣に立ち暇そうにアクビをこぼしていた遼が突然、手を叩いた。
「秀和さん、もしかしてそれって翔夜(しょうや)さんが脅された話と関係あるんじゃないっすか?」
誰のことだよ。
なんて言ってしまいそうになる口を閉ざしたままでいると、なぜか秀和は白く短い髪を揺らしながら深く息を吐き出した。
かと思うと拳を振り上げ、遼の頭に落ち――なかった。
ギリギリのところで避けたらしく、なにやら悪戯っ子のような笑みを浮かべている。
「秀和さん、俺はもうあの頃の俺じゃな――いだっ!」
秀和の片足が持ち上げられたかと思うとそのまま、笑みを浮かべている遼の尻を蹴り上げた。
痛みで悶えながら、彼は自分自身の尻を押さえながらしゃがみ込んでいる。
そんな彼に同情の目を送ったあと、秀和へと視線を戻す。
「秀和さん、なんでもいいんで教えてください。俺にはやらなきゃいけないことがあるんです」
お面越しの俺の真剣な表情。
相手に伝わるかはわからないが、しばし見つめていると秀和は一瞬だけ目を伏せてから再びその瞳の中に俺を映した。
「一つだけ約束して欲しいことがある」
「なんですか?」
「俺が話したことは誰にも言わないでくれ。お前の仲間にも、俺たちの仲間にも」
「……遼さんは聞いてるみたいですけど」
「コイツは馬鹿だから気にするな」
「ちょ、同じ大学に入れたんだから馬鹿じゃな――ぐおっ」
顔を上げ、途中まで言葉を放った遼の顔面を秀和の手のひらが掴んだかと思うと、そのままゆっくりと口を開く。
「俺たちの仲間も、ソイツの大切な奴をダシに脅された」
「……一体、誰に。誰に脅されたんですか?」
正々堂々と戦わずそうやって脅すなんて、汚すぎるだろ。
今すぐにでもソイツの顔を見ていられないほどボッコボコに殴ってやりたい。
苛立ちが、募る。
「三丁目の空き倉庫。そこにそいつらはいる」
「三丁目って……」
ここから三十分もしないところに憎い相手がいるって?
俺の大切な人を三年間も、そして今も眠らせているくせに、悠々と過ごしているというのか。
本っ当、いい度胸してる。
「シロ、もし潰そうと考えてるなら考え直せ」
「どうして、ですか」
「簡単に潰せるならとっくの昔に俺たちや金久保たちが潰してる。それなのに潰さないってのがどういうことかわかるだろ?」
「……潰さないんじゃなくて、『潰せない』ってことですか」
「そういうことだ。一人一人の力が弱いにしても、数が多すぎる」
そう言葉を続けた後、『そうだな……』と俺から一瞬だけ視線を外し呟いたかと思うと、未だに掴んだままだった遼の顔から手を離しバーの壁へと寄りかかりつつ両腕を組んだ。
「金久保のチームの三倍はいる」
「さんっ……!」
「だからお前が一人で行ったところでなにもできずに返り討ちにあうだけだ」
金久保の仲間の数も多いとは思っていたが、その三倍だって?
馬鹿だ。
そんな馬鹿共のせいでシロがまだ目を覚まさないんだと思うと、狂える。
「返り討ちにあうってわかってても行くなら、一ついいことを教えてやる」
喧嘩を苦手とする俺は三倍の数なんて絶対に無理だ。
ボコボコにされるのが目に見えている。
それでもシロのことを思うと、手招きをしている秀和に近づくしかなかった。
彼がゆっくりと腰を屈めたかと思うと、そっと耳打ちをした。
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