シロクロデイズ〜fifth day〜


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 三丁目の倉庫の前に俺はいた。
 倉庫内がガヤガヤと騒がしいのは、不良の溜まり場だからだ。
 辺りには酒缶や煙草の吸い殻が転がっている。


(汚いところだな)


 金久保のバーと比べると汚すぎる。
 というより、あのバーと比べるほうが間違えてるな。

 短く、それでいて深く息を吐き出しては目の前のとびらを蹴り破ってやる。
 すると騒がしかったはずの倉庫内には怖いほどの静けさが訪れ、何十個もの視線にわずかに指先が揺れたことには気づかない振りをした。


「青木葉(あおきば)さんに用があってきたんですけど、いますか?」


 そう尋ねた瞬間、倉庫内に響き渡るのは耳を塞ぎたくなるほどの俺に対しての怒鳴り声。
 あまりの騒がしさに近所迷惑だろ、なんて考えていると、突然とびらの近くにいた男に胸ぐらを掴まれ、腕を振り上げられる。
 血の気の多さに再び息を吐き出しながら、一歩後退しようとする。


「待って待って。せっかくのお客さんなんだからみんなで歓迎しようよ」


 騒がしい中でも凛と響き渡る透き通った声に、再び辺りに静けさが訪れた。
 俺の胸ぐらを掴んでいた奴はというと、俺にだけ聞こえるほどの舌打ちをしながらも手を離してくれた。

 こんな大人数を従わせることができる人物。
 それは一人しかいない。


「青木葉さん、ですか」

「うん、そうだよって……あれ、そのお面って」


 広い倉庫の奥にポツンと置かれていたソファから飛び降り、青い、肩までの長さの髪を一括りにしている男が歩み寄ってくる。
 不思議そうに目を丸くしながら俺の顔を凝視していたかと思うと、いきなり声を上げて笑い出した。


「アッハッハッハハ! え、なに、ありえねぇ!」


 お前がありえねーよ。


「はー、笑った笑った」

「……俺のどこかに笑う要素でも?」

「ありまくり。まさか二代目の白狐のシロがここに来るなんてね」


『もうあれから三年も経ったのに』と、笑いを堪えながら放たれた言葉に、怒りで握り拳が小さく震えた。


「なあ、元シロはどうしてる? 今もまだ眠ったまま?」


 今だ口元に笑みを浮かべている目の前の男に、握り拳を振り上げる。
 だが周りを囲んでいた複数の男たちに簡単に取り押さえられ、そのまま土や埃などが散らばっている地面へとうつ伏せの体勢で押し付けられる。
 痛みでわずかに顔をゆがめながらも少しだけ持ち上げると、彼は笑みを浮かべたまま俺を見下ろしていた。


「誰にこの場所を聞いたのかは知らないけど、ここは危険だって教わらなかったのかな」

「……返り討ちにあうとは聞きました。でも、それでも俺は青木葉さんと話をしたかったんです」


 俺の肩を押さえつけている男の手に力が入ると地面に擦れ、走る軽い痛みに少しだけ眉間に皺が寄る。


「こんな状況なのに俺と話したいとかすげぇ度胸。でも、君がこのお面を被る資格はないな」


 笑みを浮かべたまましゃがみ込み、被っていたお面に触れたかと思うと、そのまま無理やり引き剥がされた。
 カツン、という音を奏でながらお面は離れた場所へと転がっていった。


「意外に呆気なかったな、元シロは。だって大切だって奴をネタに脅しただけで自滅するんだぜ?」

「……なんで、あの人を脅したんだよ」


 お面の被っていない俺の頬を撫でる青木葉の手から逃れるため顔を背けながら言葉を放つと、『それが本性か』という呟きが聞こえた。
 頬から離された手が俺の前髪を掴み、そのまま持ち上げられる。
 髪の抜ける感覚がしたが、そんなこと気にしていられない。


「なんで? そんなの大切な人をできたからに決まってる。ただの族の総長のくせにそういう奴ができるなんておかしいと思わない? オカシイオカシイだろ!」


 前髪を掴んでいる手を勢いよく振り下ろされると、コンクリートに額が落ち、嫌な音が響いた。
 脳にまで響くような、あまりの痛さに一瞬だけ目の前が真っ白になる。


「っ、あ……」


 ツン、と鉄の臭いが鼻についた。
 コンクリートの一部が赤くなっているところを見ると、どうやら額が切れたみたいだ。


「人を絶望に落としてきた奴らが大切な奴と悠々と過ごす? はっ、そんな資格なんかねぇんだよ」

「……あんたは、結局寂しいだけなんだろ」


 額から伝い、口に入った血をコンクリート上に吐き出しながら放った言葉に、恐ろしいほどに辺りに静けさ訪れる。
 あまりのその静けさにゾクリ、と体が震えた瞬間だった。
 青木葉の足が俺の胸に入り込んだかと思うと、そのまま容赦なく蹴り上げられた。
 俺の体を押さえつけていた仲間であるはずの男も一緒に吹き飛ばされたらしく、呻き声を上げている。


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