シロクロデイズ〜fifth day〜
「俺が寂しい? 君は本当、面白いことを言うね。……でも、殺したいほどムカつくよ」
男の目がギラついている。
それが怒りからだとわかると、こちらに伸ばされた手から逃れるために痛む体をなんとか捻り立ち上がる。
足元がふらつき、油断をすると今にも倒れてしまいそうだ。
「本当のこと、だろ。自分も大切な奴が欲しいのに大切な奴ができない。だから大切な奴がいる人たちを脅したんだろ?」
「……黙れよ」
「そうやって人を多く集めて。本当は誰よりも人が恋しくて恋しくてたまらないくせに」
「黙れっつってんだろうがッ!」
青木葉の長い足が持ち上げられる。
素早く動くそれから逃れるために体を左へ傾け避けるが、右から拳が振り上げられていることに気づけば流れるように一歩、後ろへ下がろうとする。
が、下がることができなかったのはなぜだ。
こんな近くに壁なんてなかったはずだ。
デジャヴを感じながらも背へ顔を向けると、俺を逃がさないためか一人の男が立っていた。
その男の手が俺の襟首を掴む。
前方へ顔を戻すと、振り上げられていた青木葉の手が振り下ろされている。
動くことのできない俺は、その拳を右頬に受けた。
ゴッ、と鈍い音が辺りに響き、まるで脳がシェイクされたみたいに視界がまわる。
「君みたい奴が一番ムカつくんだよ。みんなに好かれて、それでいて知ったような口で説教してさ」
襟首を掴んだままの手が離れると、足に力の入らない俺はその場に崩れ落ちる。
俯せの体勢で倒れた俺は、青木葉の足によって仰向けへと転がされる。
視界がまわる中で見えた彼の表情は、今にも泣きそうだった。
「……もう、飽きた。俺帰るから、ソイツのこと好きにしていいよ」
そう言葉が放たれた瞬間、今まで見ているだけでなにもしてこなかった男たちの手が伸びてくる。
髪を掴まれ。
顔を殴られ。
腹を蹴られ。
何度も戻しそうになった。
「っ、青木葉ぁぁあッ!」
それでも俺は、力の限り男の名前を叫んだ。
『あの倉庫にいるチームの頭の名前は青木葉って言うんだ。ソイツの情報を教えてやる』
「俺は今すぐにでもお前を殴りたいくらいムカついてる。本気でぶん殴ってやりたいってな!」
青木葉が足をとめている。
俺の話に耳を傾けているんだと、信じたい。
「でも……なあ、俺もお前と同じなんだよ。確かに俺は仲間には恵まれたかもしれない。でも、あんたと同じなんだ」
『青木葉の両親はアイツが生まれてすぐに命を落とした。だからアイツは愛情もなにも知らないんだよ』
「……君は――」
いつの間にか振り返り、俺の目を見つめていた青木葉がゆっくりと口を開く。
だが放たれた言葉に被さるように大きな音を立てたのは、閉ざされたままだった倉庫のとびらだ。
勢いよくとびらが開かれ、そこから金色の髪の持ち主が現れた。
周りで俺を掴み上げたままの男たちは、突然、出てきた男に声を張り上げている。
「おい」
「……君の探し人はあそこにいるよ」
騒がしい中でも二人の話し声が聞こえる。
青木葉が俺のほうを指差したかと思うと、金髪の男もそれを辿るようにこちらを見た。
かと思うと、目を大きく見開きわずかに唇を揺らしたあと、青木葉の胸ぐらを掴んだ。
揺れた唇が『黒滝』と動いたように見えたのは俺の気のせいか。
「青木葉、テメェ三年前に言ったことと違うだろ」
「俺が悪いんじゃない。あの子が勝手にここに来たんだ。俺と話がしたいってね」
「だからって手を出すとはどういうことだ」
「あまりに綺麗事ばっか言うからちょっとムカついてね」
そう言葉を続けながら俺に顔を向けてきた青木葉は、また泣きそうな表情を浮かべていた。
だがそれも一瞬だけで、胸ぐらを掴んでいた男の手を振り放ったかと思うと、開かれたままだったとびらをくぐって出ていった。
そちらに顔を向けていた男が再びこちらに顔を戻したかと思うと、ゆっくりと歩み寄ってくる。
「おい。今すぐソイツを離さないと、一生後悔することになるぞ?」
俺を掴み上げたままだった男たちが歩み寄ってくる男に飛びかかっていく。
呻き声が。
鉄の臭いが辺りに広がる。
大量の男たちに囲まれている男と目があった。
まるで野獣のような、瞳の強さに俺は一瞬だけ息を呑んだ。
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