シロクロデイズ〜fifth day〜
すでに辺りは静かになっている。
手の中には白狐のお面が。
そして目の前には屍の山が。
壁に寄りかかり、座っている俺の隣に男が――いや、金久保が腰を落ち着かせている。
さすがの金久保でもあの人数を相手にするのはキツかったらしく、口端に切り傷ができていた。
「……お前がシロだったんだな」
二人で屍の山を見つめて数分、先に口を開いたのは金久保だった。
屍の山を見つめていたはずの彼の目が、俺をとらえていることがわかる。
「なんで、ここにいるんだよ」
「俺の知り合いから連絡があったからな」
知り合い、というのは秀和のことだろうか。
誰にも言うなって言ってたくせに、よりによってこの男に連絡するなんて。
「俺を嫌ってるんだろ。俺のせいで、シロがまだ目を覚まさないから」
「……ああ、そうだな」
「それなら、なんでここに来たんだよ」
噛みつくように、棘のある言葉を放ちながらようやく金久保へ顔を向けると、彼は短く息を吐き出してから再び屍の山へと顔を向けた。
「白柳に追い出されたあと考えていた。確かに総長が狙われたのはお前が原因だった。お前のせいでアイツは今も眠ったままだ。けどな」
そこまで言いかけ、再び俺に顔を戻す金久保に釣られるよう、俯きかけていた顔を持ち上げる。
「お前を守るって決めたのはアイツと俺だし、お前は総長のために取り乱してくれた。そんな奴を三年経った今でも嫌わなきゃいけないのかってな」
「金久保……」
「そんなこと考えていたらいつの間にか朝になってて、知り合いから連絡があって……まだお前を守らなきゃいけないって、やっと思い直すことができた」
金久保の手が、俺の頭に触れる。
それは数日前のときのような掴むような触り方ではなく、優しく髪をすくような気持ちのいい触り方だ。
「俺はお前のことが嫌いだ。でも、逆に好きで好きでたまらないんだよ」
金久保の影がゆっくりと落ちてくる。
口付けられているんだと気づいたのは、いつの間にか切れていたらしい口端を舐められ、痛みが走ったからだ。
「気の強いとこも、突っつけばすぐ崩れるくらい弱いとこも……好きだ。黒滝が好きだ」
『無事で、本当によかった』とらしくもない言葉を放つ金久保に強く体を抱き締められてしまった。
そんな腕の強さに俺自身もらしくもなく安心してしまったようで、瞼の奥が熱くなってしまうのをなんとか堪えていた。
抱き締められたまま数十分。
ようやく体を離されたかと思うと、金久保が俺の腕を掴み無理やり立ち上がらせた。
その瞬間、体全体に痛みが走り思わず顔がゆがむ。
「痛むのか?」
「まあ、ここ何年もこんなになるまで殴られたことなかったし――う、おっ」
言葉を続けている途中で突然、体が宙に浮いた。
驚き辺りを見渡すと、金久保によってお姫様抱っこの体勢で抱えられていることがわかった。
その体勢のまま歩き出し、開かれたままのとびらをくぐろうとしたんだから声を上げるしかないだろ。
「ちょ、金久保っ。待て待て!」
「誰が待つかよ」
俺の言葉を見事にスルーしてとびらをくぐると、道を歩いていた学生や主婦たちがぎょっと俺たちに顔を向けてくる。
あまりのその視線の痛さに俺は俯き、手にしたままの白狐のお面を被った。
その瞬間に聞こえてきた笑い声に、確信犯か、と睨んでやった。
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