シロクロデイズ〜fifth day〜






 今、バーからの帰り道を俺の手首を掴んでいる白柳先輩と歩いている。
 沈黙がとても痛い。
 話しかけようとは思っても、先ほどのバーでの出来事を思い出すと溜め息しか出なかった。




――――

 とびらの開かれたほうへ顔を向けると、目を大きく見開いている白柳先輩と目があった。
 だが彼のそんな表情も一瞬だけで、すぐにいつもの無表情へと戻る。


「金久保、二つ聞きたいことがある」


 後ろ手でとびらを閉じ、そこに寄りかかりながら腕を組んだ先輩の姿に、金久保は大きな舌打ちをこぼしながらもようやく俺から離れてくれた。
 そのことに安堵しながら、自分自身も体を起こしソファの下に落ちていたシャツを着る。


「……まず一つ目。なんでソイツは怪我してんだ?」


 棘のある話し方。
 俺はこんな話し方をする先輩を知らない。


「他のチームに襲われてたからだ」

「なるほどな。それじゃもう一つ」


 そこまで深く聞くつもりはないのか、あっさりと次の質問に移ったことに安心する。
 だが、白柳先輩の足が金久保へと近付いているのはなぜだ。


「今ソイツになにしようとしてた?」

「なにって、こんな脱がせてやることって言ったら一つしかないだろ」


 楽しそうに口元をゆがめながら金久保の手が俺の腰に触れた瞬間、骨と骨のぶつかり合う鈍い音が響いた。
 金久保は頬を押さえ、笑みを浮かべたまま。
 先輩は顔をしかめ、拳を握りしめたまま。
 その瞬間を見ていなくても、白柳先輩が金久保の頬を殴ったということがわかる。

 未だ握られたままの先輩の拳が解かれたかと思うと、俺の手首を掴み引っ張る。
 そしてそのままとびらに向かって歩き出したため、慌ててテーブルの上に置いたままの白狐のお面を取った。


「お前はいつからシロの正体に気づいてた?」


 背後から聞こえた言葉に振り向こうとしたが、先輩によって遮られてしまう。


「……四年前からだ」

「は?」


 驚いたのは声を上げた金久保だけじゃなく、俺もだ。
 そんな驚いている俺たちをよそに、彼は俺を連れて部屋を出た。



 そして今に至るというわけだ。


(四年前ってことは俺がシロと出会った頃だよな)


 計算をすれば大体はわかることだが、改めて数字にされると昔から俺の話を聞かされていたのかと、少しだけ照れ臭さを感じてしまう。


「あの、いつまで手首掴んでるんですか?」


 そう尋ねた瞬間、俺よりも歩幅が半歩長く、若干前を歩いていた先輩の足の動きがとまる。
 だが手首を掴んだまま、彼は俺を見下ろした。


「明日のお前の用事は?」


 突然の問いに俺は目を丸くする。
 明日といえば日曜で学校は休みだ。
 とは言ってもここ最近、授業を受けた記憶はないけれど。


「まだ金久保の情報を収集するつもりですけど」


 そう返すと、彼の眉間に深く皺が寄せられる。
 なにか言ってはいけないことでも言っただろうか。


「なにか、情報は手に入ったか」

「……先輩、俺は情報屋です。申し訳ないですけどそれには答えられないです」


 一瞬、俺の手首を掴んだままの先輩の手に力が込められたような気がした。
 断言できないのは、すぐに彼の手が離れてしまったから。
 ほんのり赤く手の痕が残ってしまった手首をなんとなしに親指の腹で撫でる。


「だよな……悪い」


 短く、溜め息のようなものにも感じられる息を吐き出され、手首に触れたままゆっくりと顔を持ち上げる。
 すると彼の手がクシャリ、と俺の頭を撫でた。


「明日、金久保の情報を集めるのはやめとけ」

「……なんでですか?」

「なんでもだ。絶対に、俺たちにも近付くな」


 そんな拒絶の言葉を聞いたのは初めてだった。
 一体、明日はなにがあるというのだろうか。
 そう聞きたく唇がわずかに揺れたが、先輩の真剣な表情に音を発することができなかった。


第五話 完


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