シロクロデイズ〜sixth day〜


 未だ俺の手首を掴んだままだった赤嶺の手を振り払い、倒れている金久保へと駆け寄る。

 顔は傷だらけで、頭から血を流しているらしくコンクリートに赤い染みができていた。
 力なく金久保の隣へと座り込み、震える手をゆっくり伸ばしその腕に触れる。


「か、ねくぼ。なあ、金久保。金久保」


 昨日はこの倉庫で俺を助けてくれたじゃないか。
 変なことだってされたけど、傷に絆創膏だって貼ってくれたじゃないか。


「かね、くぼ」

「ね、クロちゃん。総長――んーん、金久保がなんでこんなことされてるか不思議?」

「……裏切り者には制裁を。前の総長にその判断を下したのが金久保だからだろ」


 いつの間にか俺の真後ろにしゃがみ込み、そう問いかけてきた赤嶺の言葉に顔も見ずにそう返す。
 それでも俺は金久保に触れている手を離すことをやめない。
 腕に触れていた手を彼の頭に添えると、血はまだ生暖かかった。


「そこまで知ってるなら話は早いね。クロちゃんも金久保が憎いでしょ? 嫌いでしょ? 金久保さえ判断を下さなければあの人はあんなことになることはなかった」


 俺の両肩にそっと手を置き、耳元で放たれる残酷な言葉に笑ってしまいそうになった。

 本当は俺に向けられるべきはずの言葉。
 本当は、この暴力だって俺が受けなければいけないはずだった。


「……俺は、金久保を憎いとも嫌いとも思ってない」

「なんで? だってこの男はクロちゃんの大切な人を制裁して、今も眠らせたままなんだよ?」


 本当に不思議そうに尋ねる赤嶺の言葉に、金久保に触れていた手を離しその場に座り込んだままようやく振り返る。
 すると赤嶺も、一言も話さない白柳先輩も、その他の大勢の人たちもみんな、俺を見ていた。
 その目が一瞬で嫌悪の色に染まることを思うと、恐ろしくてたまらない。
 けれど、話さなきゃ駄目だ。

 血で濡れた両手を、額をコンクリートの地面へと押し付ける。

 いわゆる土下座、という体勢だ。


「え。ちょ、クロちゃん? なに、してんの」


 みんなの表情はもう見えないけれど、聞こえた赤嶺の声が動揺していることだけはわかった。


「俺の話を、聞いてください」

「クロ、ちゃん。いいから、そんなのいいからッ……顔、上げてよ」

「……金久保は、なにも悪くない」


 きっと赤嶺の手だろう。
 未だコンクリートに額をつけている俺の肩を掴み顔を上げさせようとするが、俺は顔を上げるつもりなんてない。
 そんな俺の気持ちが伝わったのか、それとも放った言葉に反応したのか。
 肩を掴んだままの赤嶺の力が一瞬だけ抜ける。


「悪いのは全て俺なんだ。金久保が制裁をしなきゃいけなくなったのも、あの人が今も眠ったままなのも……全部、俺のせいなんだ」


 そう放ったあとに訪れるとても長い沈黙。
 いや、実際はもしかしたらたったの数秒だったのかもしれない。
 けれど俺にとっては数分と、とても長く感じられた。


「意味、わかんねえよ。なんで黒滝のせいになるんだよ。アイツが裏切ったのは――」

「そもそもあの人は裏切ってなんかいなかった!」


 白柳先輩の言葉を遮ってまで叫んだ俺の声が、広い倉庫内にこだました。


「あの人は、誰も裏切ってない。ただ俺を守ってくれただけなんだ」

「っ……もう、それ以上、言うな」


 突然、背後から聞こえてきた掠れた声に、俺は地面をつけていた顔を上げ勢いよく振り返る。
 するとそこには、苦しげに眉間に皺を寄せつつ片目だけを持ち上げ、倒れたまま俺を見ている金久保がいた。


「かっ、金久保……」

「そこから先は、言うな。じゃないと、なんのために俺たちが――ッ!」


 いきなり金久保が声にならない声を上げた。
 その原因は、傷があるであろう金久保の頭を踏みつけている足のせいだ。
 その足を辿り顔を持ち上げると、わずかに眉尻を下げている赤嶺が俺を見下ろしていた。


「クロちゃん、続けて」

「……あぁ」


 金久保の意識が戻ったことにほっと短く息を吐き出してから、俺は再び辺りを見渡し口を開く。
 金久保が苦しげに俺の名前を呼んだが、口を閉ざすことはしない。


「脅しのネタに使われていた俺を、あの人は守ってくれた」

「脅しのネタって、クロちゃんが?」

「そう。俺があの人と親しかったからそう使われたらしい。でも仲間想いのあの人は自分を犠牲にして俺を守ってくれたんだ」


 そこまで言葉を続けたとき、金久保が大きな舌打ちをこぼした。
 それに気がつき金久保に顔を向けた瞬間、彼は口を開いた。


「元々の狙いは、アイツだった。だからアイツは、自分さえいなくなれば黒滝を守れると、考えた」


 苦しいだろうに、途切れ途切れになりながらも俺の代わりに言葉を続けてくれる金久保に、胸の奥が熱くなる。


「アイツは、俺に言った。『あんな奴らに殴られるくらいなら、仲間に殴られたほうがマシだ』ってな。それに、このことをお前らに黙ってたのだって、意味はある」

「意味って、なに」

「アイツは、仲間のことを信用してた。けど大切な奴ができて、心配になったんだろ。もし仲間で黒滝を憎み、攻撃する奴がいたら、ってな」


『今の俺みたいにな』と、傷は浅くないはずなのにカラリ、と笑う姿に俺の眉はわずかに下がる。
 そしていつの間にか、金久保の頭を踏みつけていた赤嶺の足は退けられていた。
 見上げてみると、未だ眉尻を下げたまま、らしくもなく目を泳がせている。


「黒滝は、なにも悪くない。悪いのは、結果的にその判断を下した俺だから、な」


 徐々に弱々しくなっていく声質に、赤嶺を見つめていた目を再び金久保へ戻すと、開かれていたはずの片目が閉じられている。


「……金久保?」


 名前を呼んでも返事がない。
 雨の音がうるさすぎて聞こえないのだろうか。


「なあ金久保、呼んでるのになんで返事してくれないんだよ」


 緊張で喉がかれ、指先が冷たくなっていく。
 震える手を伸ばし、金久保の胸に置いてみるとまだ動いていて安心した。

 遠くから救急車の音が聞こえる。
 それは少しずつ近づいてきて、倉庫の前でとまった。
 きっとここにいる誰かが呼んでくれたんだろう。


「金久保……死ぬなよっ」


 慌ただしく入ってくる救急救命士に顔を向けることもなく、俺は赤が混じった金久保の金色の髪を撫でていた。


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