シロクロデイズ〜sixth day〜
今、俺たちは『手術中』の文字が光っているとびらの前にいた。
俺は長椅子の端に座り、そのもう端には赤嶺が。
白柳先輩は椅子に座ることなく壁に寄りかかっている。
その他の仲間たちも来たそうにしていたが、先輩が押し返しているのを見た。
「……金久保、きっと大丈夫だよねぇ?」
嫌な沈黙が続く中、それを最初に破ったのは赤嶺だった。
その問いに言葉を返す気になれない俺はじっと床だけを見つめている。
「さあ、どうだろうな」
「もしさぁ、もし金久保が死んじゃったらどうすればいい? 俺、取り返しのつかないことした。知らなかったじゃ済まされない」
「落ち着けよ」
そうなだめている先輩の声は届いていないのか、端に座っていた赤嶺の近づいてくる気配がした。
それでも俺は床を見つめたまま、動くことはしない。
「クロ、ちゃん」
「……ん?」
「俺を恨んでるよね、憎んでるよね」
少しだけ震えた声。
俺の着ていた服の裾を軽く引っ張る赤嶺の手に、自分の手をそっと重ねてみる。
「俺は、誰も恨んでないし憎んでもない。むしろあの人がまだ眠ったままで、金久保にあんなことさせて……俺を憎んでるだろ」
赤嶺の手を握っている手にわずかに力がこもってしまったのは、仕方がないと思う。
返答を待って数秒。
やっぱり憎まれているのかと、沈黙に耐えられなくなれば握っていた手の力を緩め離そうとする。
だが離すことができなかったのは、俺の手の上にさらに手を重ねられてしまったからだ。
俯きかけた顔を上げると、俺を見ている白柳先輩と目が合った。
「俺も赤嶺も、黒滝を憎むわけねえだろ。ただ……まだ信じられねえんだ。俺たちはずっと金久保を嫌ってきてたからな」
「……平気で仲間に制裁をする、金久保はそういう男だと思ってた」
握っていた赤嶺の手がもぞりと動いたかと思うと、逆に強く握り返される。
先輩に向けていた視線を赤嶺へ戻すと、彼は力なく笑っていた。
「金久保も、ずっと悩んでたんだ。今でも自分は恨まれてるって、間違ったことはしてないと信じたいって」
入院しているシロのベッドの下に隠れていたとき、金久保はそんなことを呟いていた。
あの頃の金久保は俺をのことを本気で憎んでいたけれど、仲間のことは本気で大切にしていたはずだ。
そうでなければあんなにも切な気な声は出さない。
「今すぐには無理だとしても、いつか金久保のことをわかってくれると俺も嬉しい」
二人の顔を交互に見てから言葉を放った直後、『手術中』の文字の光が消えとびらが開かれた。
それを合図に重ねられたままだった手はほどかれる。
「あ、あの……金久保は」
こちらに歩み寄り、かけていたマスクをずり下げた一人の男性に慌てて椅子から立ち上がりながら尋ねると、彼はやわらかな微笑みを浮かべてくれた。
「傷はそれほど深くはなかったですし、大丈夫ですよ」
その言葉に安心したのは、どうやら俺だけじゃなかったらしい。
「会ってもいーい?」
背中に重みを感じ、前屈みになってしまう。
きっと赤嶺が俺の背中にのし掛かっているんだろう。
事実を知っても態度の変わらない赤嶺に、また泣いてしまいそうになったのは秘密だ。
「いいですよ。もうそろそろ目も覚める頃だと思いますし」
『相手は病人ですから騒ぎすぎは注意ですよ』なんて笑いながら背を向けて去っていく男性の後ろ姿に、俺は頭を下げた。
ただの喧嘩ではできるはずのない金久保の怪我をおおごとにしないでくれたことと、命を助けてくれたという感謝の気持ちを込めて。
未だのし掛かったままの赤嶺が不思議そうに名前を呼んできたため、体勢を戻しながら『なんでもない』と返してやると頭の撫でられる感覚がした。
目だけを持ち上げてみると、先輩の手が俺の頭を撫でている。
きっと先輩は、今のお辞儀の意味に気づいたんだろう。
先輩の態度も変わらないことにわずかに表情を緩めながら、俺たちは金久保がいる部屋へと足を踏み入れた。
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