シロクロデイズ〜sixth day〜
金久保はまだベッドで眠っていた。
頭に巻かれた包帯が痛々しい。
未だにのし掛かったままの赤嶺が小さく息を呑んだことがわかる。
そんな彼を気にかけつつも置かれていた椅子に腰を落ち着ける。
「……金久保、ありがとうな」
口を開くと、背から視線を感じた。
赤嶺のものか、先輩のものかわからないけれど言葉を続けるために口を開く。
「三年前に俺を助けてくれたことも、さっき倉庫で俺の代わりに話してくれたことも、感謝してる」
そこまで言ってから首を捻り背後にいる赤嶺を見ると、目が合った。
「赤嶺は? 金久保になんか言いたいことあるか?」
『まだ眠ってるしチャンスだぞ』と言ってやると、のし掛かったままだった赤嶺がようやく離れてくれた。
俺の隣に立ち、金久保を見下ろす赤嶺の真剣な表情になんとなしに視線を外した。
「俺はまだ金久保を信用できない。……でも、クロちゃんを助けてくれたことには、俺も感謝したいって思うなぁ。ありがとう、総長」
呼び方が戻ったことにハッ、と顔を上げると、赤嶺は照れ臭そうな表情を浮かべながら俺を見下ろしていた。
かと思うと両手を広げ、俺の体を抱き締めた。
「あー、俺が金久保に『ありがとう』なんて、自分で言ってて鳥肌が立っちゃったぁ」
「それはこっちのセリフだ」
ギュウギュウと力を込めて抱き締める腕の強さに内心、苦しいな、と考えていると前方から声が聞こえ、そちらを見る。
すると眉間に皺を寄せている金久保がこちらを見ていた。
「うげ。なに、いつから起きてたのー?」
「黒滝がありがとうって言ってるときからだな」
「えー、狸寝入り? クロちゃん、やっぱりこの男最低だよ。こんな奴放っておいて帰ろーよ」
いつも以上に口の悪い赤嶺に、照れ隠しなんだろうかと思わず笑ってしまう。
すると帰ろうと俺の腕を引っ張っていた彼は拗ねたように再び背中にのし掛かってきた。
「……金久保、ごめんな。シロとの約束を破ることになって」
「本当にな。これでアイツが目を覚ましたら俺がなに言われるか」
「そうなったら俺もフォローするから。あの人は仲間想いだからきっとすぐにわかってくれる」
「……そうだな」
そう、やわらかく微笑む金久保を見るのは初めてだった。
二人で笑い合い、やわらかな空気に感動していると足音がまた一つ、近づいてきた。
誰のものか、なんて考えなくたってわかる。
「白柳か」
「金久保、俺も赤嶺と同じでまだアンタを信じられない」
「ま、無理に信じろとは言わないしな」
「……でも、黒滝を守ってくれたことには本当に感謝してる。それと倉庫内でのことも、悪かった」
そこまで言葉を続け、頭を下げた白柳先輩に驚いたのは俺だけじゃなくて金久保もだ。
目を見開いたあと一瞬だけ目を泳がせ、苦笑いを浮かべながら短く息を吐き出した。
「俺こそ三年前のあのとき、本当はとめるべきだったのに、話すべきだったのにそうできなくて悪かったな」
同じように金久保も頭を下げた。
そんな二人の様子に、わかり会える日はそう遠くないんじゃないかと胸の奥を熱くしてしまう。
そしてそんないいシーンを邪魔したのはやっぱり赤嶺で。
いつの間にか俺の背中から離れていた彼は、頭を下げたままの二人の後頭部を掴んだかと思うと、そのまま容赦なく頭部同士をぶつけた。
ゴッ、と鈍い音が辺りに響き、確実に痛いであろう音に顔をゆがめてしまう。
二人はというと頭を押さえ、悶えている。
「……赤嶺」
先に復活したのは白柳先輩だった。
ドスの利いた低い声が一人の名前を口にした瞬間、名前を呼ばれた赤嶺はまるで台風のような早さで病室を飛び出した。
そしてそれを先輩が追いかけ、部屋の外でバタバタと走り回る音が聞こえる。
(騒ぎすぎは注意って言われたのにな)
声には出さずに笑い、未だ頭を押さえたままの金久保へ視線を戻す。
「金久保、大丈夫か? もしかして傷口開いたか?」
椅子から立ち上がり、動かない金久保の肩に手を添え顔を覗き込むと彼は笑っていた。
目にいっぱいの涙を溜めながら。
「金久保……すぐにみんな信用してくれる。だって金久保だって仲間想いだしな」
肩に触れていた手で、包帯越しから優しく頭を撫でてやると金久保の腕が俺の腰にまわり、そのまま引き寄せられる。
そんなことをされても抵抗する気になれなかったのは、俺の胸に顔を埋めている金久保の肩がわずかに震えていたからだ。
弱いところもあるもんだと、小さく笑いながら背中を撫でてやると、『ありがとうな』という呟きが聞こえた。
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